[CML 038724] <テント日誌7月23日(木) 経産省前テントひろば1412日目、商業用原発停止676日目>

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2015年 7月 26日 (日) 02:56:12 JST


(転送します)

テント日誌7月23日(木)
経産省前テントひろば1412日商業用原発停止676日

夏たけなわは高校野球だけじゃない
 テントに行く電車の中で中学生や高校生を見かけることが多くなった、巷は夏休みに入ったのだろう。孫の保育園のブログではスイカ割りやプール遊びが伝えられ、見るのが日々の楽しみになっている。暑さがあっという間にやってきて、口からは暑いねという言葉が自然にもれる。いつの間にか夢中で過ごした少年時代の夏を回想しているが、テントで納涼の会でもやりたいと思う。なかなか知恵がうかばないが、楽しい催しでもやりたい。怪談の映画会でもと思うが、近代の怪談だった戦争映画の会でもと思ったりする。

 テントでは第二回控訴審も終わったが、いつの間にか4年目が近づいていて、淡々とした日々を迎えている。日々を淡々と過ごしているというべきか。テントの前に座りながら新聞を読み腹立たしい思いをしてもいる。例えば、東芝の粉飾決算に対する諸々の対応である。発表されただけで千数百億円近い利益の水増しが行われていたらしいが、この発表を信用するわけには行かない。これを超えた金が動いたのであろうと想像できる。だが、不快なのはこれを粉飾決済として対応しないでごまかしていることである。ホリエモンのライブドア事件と比較されるが、法の前の平等ってどうなっているのだ、と指摘されることに同感である。

経産省前テントは告訴されているのに、東電には福島原発事故の責任を問う告訴もされない事態を思う。日本では法は役人(官僚)や権力のための道具であり、国民の権利としてないということにすぐ気づく。権力者は法治というが古い中国流(法家の思想)のもので、近代的な法治の考えではない。権力者や官僚たちの憲法理解も同じだ。

東芝のこの粉飾決算という企業犯罪が表にでることが抑えられ、闇から闇へと処理されようとしてきたことには、東芝が原発製造企業であることが関係しているのだと思う。再稼働の策動と深く関係しているのであると思われる。閉じられた権力機構(行政機構)の独裁的で専制的な対応はいろいろの場面で露呈しており、日本の政治構造であると認識せざることが多いが、これは企業(社会的存在)とも結びついている。≪上司に逆らえない企業風土>という指摘は政治権力に対応した社会権力を彷彿とさせるが、安保法案の成立と物言えぬ社会再編とを同時的に進めようとしていることに通じている。マスコミの自主規制という変質はそれを露呈させている。僕らのテントの闘いは日本の政治的・社会的な構造(風土)の闘いとして多くのことに連なっているのだと思う。

ちょっと一休みの感もあった安保法案(戦争法案)に対する行動は7月24日(金)首相官邸包囲(日比谷野音集会18時30分〜19時15分、官邸包囲19時)、

7月26日(日)日比谷野音の集会と国会包囲(14時〜15時30分)、7月28日(火)日比谷野音の集会と国会包囲と連続して展開される。この熱い風は暑さを振り払ってくれることだろう。また、川内原発の再稼働の動きを前にして、現地での行動に参加する動きを本格化している。第一陣日程<8月8日(土)〜8月10日(月)の2泊3日>、第二陣日程<8月9日(日)〜8月11日(火)>の参加者募集と行く基金の募集も始まっている。

 テントは国会周辺の行動は高まれば、訪れる人も増えるが、夏の時期は手薄になって行く面もある。これは致し方のない面もあるが、テントの存在が頭の片隅でもある人は足をこちらに向けてもらいたい。(三上治)

テント裁判傍聴記(その2) 控訴審第二回 証人尋問 
12:15に東京地裁・高裁前に集合。川内原発最前線の遠嶋春日児さん、第一回控訴審の証人黒田節子さん、亀屋幸子さんが発言され、一同で裁判所に向かってアピールの声をあげた。13:30より102号法廷で、テント側証人三名、佐藤保、正清太一、渕上太郎に対して、テント側からの主尋問と国側からの反対尋問がおこなわれた。
佐藤保氏に対する尋問:
佐藤氏は2013年3月14日の仮処分通告の時の状況を証言した。国・経産省は同年2月18日、秘密裏に東京地裁に仮処分を申請し、地裁側はこれを認めて3月14日早朝に突然執行官がテントに来て、その13−14日の泊り番だった佐藤さんに一方的に正清太一・淵上太郎両氏の名を債務者欄に記載した「公示書」提示していた。執行官作製の調書によれば、公示の際に執行官に対して佐藤さんが正清・淵上を「代表」「責任」と認めたように記述してあり、国・経産省はこの調書を有力な証拠としている。しかし、通告現場でのやり取りを委しく述べる佐藤氏の証言から、調書そのものが、杜撰な、あらかじめ結論ありきの作文であることが具体的に明らかになった。佐藤氏への尋問は、国・経産省側の正清・淵上両氏を特定する訴訟の不当性を明白にした。
2)正清太一氏に対する尋問:
まず、正清氏がテントにかかわる前史として、憲法九条改正阻止の会で組織した救援活動をめぐる尋問から始まった。救援物資の往復運搬の体験が、福島の現実を伝えなければ、原発は絶対に止めなければ、という正清氏のやむにやまれぬ一念となった。救援者として入った正清氏の生々しい福島体験の陳述は、控訴審第1回の現地被災者である亀谷幸子さん黒田節子さんの証言と共振している。正清氏の陳述は、原発被害に直面した人それぞれの一念と一念とが次々に呼応して経産省包囲人間の鎖、さらにテントに結晶する経緯を述べて、テントを出現させ、存続せしめている熱源を確認するものとなった。
	休憩15分。 15:30〜
3)渕上太郎氏に対する尋問:
渕上氏はテント設立の直接の当事者の一人として、まず、テント設営に及んだ背景として、2011年 9月11日当時の世相を俯瞰する。民主党菅政権から野田政権に移り、年内の原発事故収束宣言まで予告して、いよいよ再稼働へのシフトが明らかになったこと。この危機感が経産省包囲人間の鎖となり、政府のやり方に異議申し立てをつきつけ続け、福島を忘れるな、反原発を意志する国民の存在を忘れるなという、やむにやまれぬ表現がテント設置となった。渕上氏の陳述から、まさにあの時、あの場所にテントが設営されねばならなかった必然性が了解された。
続いて、テントは歴史的にも外国においても認められている宿営型表現行動であることを例示し、テントが24時間途切れることなく存在していることによって、いつでも誰でもが集い、意見を交わせる。パブリックコメントの場が実現している。それは憲法で国民に保証されている表現の自由に他ならず、よって裁判官および官僚はその実現を保証する責務がある!と、尋問される側の渕上氏の鋭い問いかけに、裁判長は深く頷いたように見えた。 16:40、裁判官が証人尋問終了を告げるやいなや、傍聴人たちは尋問の途中でTシャツ販売を金儲け呼ばわりした国側代理人に向けて猛然と抗議を表明し、騒然のうちに閉廷した。
3証言とも、一審では封殺された問題が、予定時間を超過して陳述された。一方、国・経産省側の反対尋問は、相も変わらず「代表」「占有」の言質ねだりに終始した。
テント裁判は控訴審に入ってより、国・経産省が設定したスラップ訴訟の次元を超越したようだ。これまでのテントの意義をあらためて認識するともに、市民運動の可能性を考え、日本のこれからの民主主義の実現に向けた実践の場として、いまや極めて意義深い機会となっている。
この後、参議院議員会館講堂で報告会が開かれた。
以上、証人尋問の骨子のみ報告しました。 (森瑞枝)



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