[CML 038631] 若者には生まれていなかった、知らなかったと済ませる問題でも、私たちは米軍のベトナム侵略に協力した日本を知っていた

檜原転石 hinokihara at mis.janis.or.jp
2015年 7月 22日 (水) 20:24:52 JST


檜原転石です。

 SEALDs、まずこの命名、地方のお婆さんお爺さんには絶対見向きもされない名
前です。荻谷さんが言うように、私たちが若者のこんな表現を尊重していたら、
日本はインドのガンジーの嘆きに近い将来見舞われるでしょう。

★大石俊一『英語帝国主義に抗する理念 「思想」論としての「英語」論』
ガンディーの言葉──「これは絶対的に愚かしいことではないのか。奴隷状態の印
ではないのか。・・・・・インド人を奴隷化したのは、私たち、英語を話すインド人
なのである。インド国家の呪詛はイギリス人ではなく私たちに責任がある」

 さて、萩谷良さん発言──若い人の運動が盛り上がらないと不満を言っていた古
い世代の人間は、まず、若い世代が自分達らしい表現の形を打ち出したことを、
大いに多とすべきです。私は外国人の気持はいくら尊重してもいいと思ってます
が、若い人達の表現を尊重するというのは、戦後の大事なテーマですから、それ
に背くオトナは、イデオロギーは左派でも、根性は反動だと思います。ちがいま
すかね_。

 萩谷さんは「表現が軽率」とか何度か書いてますけど、言葉とは書き手のもの
の見方をそのまま表すものですから、私たちは書いてあることをそのまま受けと
るだけです。

 よってここでは前田さんが紹介していたSEALDsの21歳の女性の発言─「この
70年間日本が戦争せずに済んだのは、こういう大人たちがいたからです。ずっ
とこうやって戦ってきてくれた人達がいたからです。」を取り上げます。

 人は齢を重ねると根拠のない褒め言葉でも嬉しいものですが、この言葉には私
たちは喜んでいてはいけないのです。姜尚中・小森陽一の著作──『戦後日本は戦
争をしてきた』(角川ONEテーマ21、注:[「戦後、日本は戦争をしていない」
というウソ]という見出しもある。)持ち出す必要もなく、私たちは朝鮮戦争・
ベトナム戦争を知っています。さらに、米国の仕掛けたイラクへの2度の戦争、
アフガンの戦争などには日本は常に協力していましたから(劣化ウラン弾で大量
のヒバクシャを作るのにも協力した)、「日本は戦争をせずにきた」言えるはず
もありません。大体毎日が侵略のテロ国家アメリカと安保条約を結んでいるので
すから、「日本は戦後もずーっと戦争をしてきた」としか言えないはずです。

 萩谷さんは「外国人の気持はいくら尊重してもいいと思ってます」と言ってい
るのですが、ここでは戦前・戦後の侵略の犠牲者であるアジア人、私の出勤時間
に毎日すれ違うベトナム人の立場で──戦前にも殺される側にいて(皇軍の占領で
200万人が餓死)、敗戦後も殺される側にいた立場(ベトナム戦争の犠牲者数
300万人以上)で──彼女の発言を吟味してみます。ベトナム侵略で300万以
上の国民を虐殺したテロ国家アメリカに安保で最大限協力した日本。それでの金
儲けに余念がないミツビシの労組委員長は「ベトナム戦争がずーーと続いてい欲
しい」と発言。かように日本は朝鮮戦争に続いて米国のベトナム侵略戦争でも敗
戦後の経済成長ができたわけです。
 
 またベトナムで撒かれた枯れ葉剤(今でも枯れ葉剤被害者は200万人以上)
は日本にも関係が深く──
▼原田和明『真相 日本の枯葉剤 日米同盟が隠した化学兵器の正体』五月書
房、2013年
頁171──
7 ナパーム弾も日本製

防衛庁長官・中曽根の脂汗

枯葉剤とナパーム弾(焼夷弾)を組み合わせて、ベトナム人に大量のダイオキシ
ンを浴びせかけるという悪魔的なアイデアも、日本の協力なしにはなし得なかっ
たことでしょう。ナパーム弾の9割が日本製であると北ベトナム紙が非難してい
ます。・・・中略・・・

 日本の支配層が現在ベトナムで行っている犯罪的行為は米国の共犯者としての
彼らの性格を暴露している。朝鮮戦争のときと同じく、彼らは米国が日本をベト
ナム侵略の補給基地として使うのを許している。米軍が南ベトナムで投下したナ
パーム弾の92%は日本製であり、このほか日本は米国に対して毒ガスや有毒な
化学製品を供給しているほか、佐藤政権は南ベトナムへの軍事物資輸送のための
人員を米国に提供している。

頁178──

 ・・・現に、楢崎が国会で枯葉剤国産化疑惑を追及したとき、「ベトナムへの直
接の輸出は絶対していない」という会社の主張を、同社の主力組合である三井化
学大牟田労組は追認していましたが、大牟田地評は「輸出先のオーストラリアで
加工されてベトナムに再輸出されている」と主張していました。地評とは「地方
労働組合評議会」の略称で、地域の労働組合の連合体です。・・・

引用終わり
****

 もちろん私があえて言わなくても、このCMLに集う人々が米国のベトナム侵
略及び日本が安保条約でテロ国家アメリカのベトナム侵略にずーっと協力してい
たことを知らない人がいるとも思えません。(だがしかし、いまの時勢なら
ひょっとしてかなりいるのかな?)よって彼女の発言をあえて擁護するなら、若
者はまだ生まれていなかった時の侵略戦争で、まあ知らなかったのだからと済ま
させるかもしれない問題になる可能性もありますが、だがしかし私たちにとって
はちゃんと知っていた問題、日本が侵略の側にたった戦争犯罪の重要な問題であ
り、忘れてはいけない問題です。戦争犯罪の程度を問わねば、安倍晋三を戦争犯
罪人・岸信介の孫という表現を使う私たちが、加えて私たちがあれほど知ってい
た重要問題を若者に媚びて黙っているのでしょうか?知らないふりをするので
しょうか?

 
 戦争は悲惨な目に遭うから嫌だ、だけど“戦場がアジア”なら、強盗殺人の側の
市民が悲惨な目に遭うことなどまずないから──例えば毎日が侵略戦争のアメリカ
国内の場合──それほど嫌ではないかも。まあ「戦争をしない」日本、敗戦後70
年間の日本はこんな情況だったわけです。日本で戦争被害者体験だけがもてはや
されるのも、この文脈から理解できます。

こういう日本にいて、私のように彼女の発言が気になって仕方がない人間は、荻
谷さんによれば「根性は反動」ということになります。

私は南京事件の時には生まれてはいなかったけど、事件については知っていま
す。よって生まれていなかったから知らないとは、本当は言い訳ににもなりませ
ん。実は答えは簡単なのです。若くして知る機会が少ないのだから知識は限られ
ています。よってその知識に基づく発言には多くの間違いがあります。それらを
私たちが指摘しないのなら、若者は無知のままでいるでしょう。私たちは若者の
運動だからといって、批判を控えていてはいけないのです。

だがしかし、せっかくの若者の運動だから、発言は間違っているけど黙認しよう
とする人もいるかもしれません。そういう人は、殺される側から見れば、傍観者
以下で加害者側に近い人間にしか見えませんが、それでもよければ、その種の生
き方をしていればいいのです。

問題はもう一つあります。運動全般に言えるのですが、多数の賛同者を集めるた
めに、例えば声明文の思想的軸足を右に振ることです。例えば大学の教員たち
が、大学への日の丸・君が代の強制への反対声明で、現実にある公立学校の小中
高への強制については一言も触れない離れ業ができてしまうのは、大学への強制
は反対だが、小中高への強制は賛成という人間が一定数いるということで
しょ?SEALDsの声明文に辺野古の文字も沖縄の文字もないのは、入れると賛同者
が減ると考えたのかもしれませんし、あるいは侵略戦争法案(安保法案)→安保
条約→沖縄の辺野古問題と結びつける知識がなければ声明文には入らないでしょ
うから、色々の理由は考えられます。

強い批判であろうと弱い批判であろうと批判された側から見れば、身構えるので
しょうし、気分のいいものではないでしょう。人には常に間違う可能性がありま
すが、そうであっても自らが自らの間違いに気づいた時は嬉しく、他者からの間
違いの指摘は多くの場合腹立たしいものですが、それでも批判は批判された側に
とっては有益なことの方が多いのです。

どうなんでしょう、私にはその英語名の名前ゆえ見向きもされなかった学生の運
動が、アジア人及びアジアに住む人からの批判に始まり、それへのバッシングで
私がSEALDsを認識した。ラルフ・エリソン『見えない人間』を持ち出すまでもな
く、 被差別者にとって最悪な状態とは、差別者から無視されたり避けて通られ
ることですが、学生運動だって無視されていたらお話にもなりませんから、私が
批判をしているということは、無視されるより遙かに良いことと考えてもらえれ
ば良いわけです。

 それでは最後に、もしSEALDsの若者が私のこの記事を見ていたら、日本も共犯
であったベトナム侵略戦争について知るために、バオ・ニン『愛は戦いの彼方へ
(原題:戦争の悲しみ)』を読むことを薦めます。戦場になるということ、正義
の戦争について学ぶために・・・

★【他人を生かすために自分が死ぬ話はそこらじゅうに転がっていた。】

 (注:【 】部、バオ・ニン『愛は戦いの彼方へ(原題:戦争の悲しみ)』大
川均訳/遊タイム出版より引用、原本に対して日本語翻訳本2冊がある。)
 【しかし、キエンの戦争の記憶の中で、最も悲惨なのはホアのことだ。】
・・・
【しかし、あなたや私が生き残り、その代わりに優秀で素晴らしい、この世に生
きる資格を人より多く持った人々が死んだという事、血みどろの戦争の機械に噛
み砕かれて微塵になり、暗黒の暴力に辱めを受けて殺され、葬り去られ、跡形も
無く消えたというのは、今の平穏無事な日常から見ると、とんでもない皮肉だ。
正義は勝った。仁愛の心は勝った。しかし、同時に、大量虐殺、非人道的暴力、
つまり悪も勝ったのだ。・・・】


 アメリカはベトナムに負けたのか?ベトナムの小説家バオ・ニンは「惨勝」と
表現した。ベトナムが負ければどうなっていたのだろう?例えば現在のハイチの
ようになったかもしれない。アリステッド大統領は米兵に拉致されて出国したと
いう。まったくハイチの中南米の最貧国から脱却は難しい。テロ国家アメリカの
近くに位置したばかりに・・・。
  チョムスキーもウィリアム・ブルムも言うのだが、アメリカは目的を達成し
たのだから勝った。目的?ベトナムは戦争の傷跡の修復に50年以上を要し、第
三世界の見本となるべき革命的実験は放棄させられた。チリの選挙で選ばれた社
会主義政権、あんなことが起こるなんて・・・、あれこそはテロ国家アメリカに
とって絶対あってはならないこと。それならばやることはきまっている。つぶせ!
 ベトナム「惨勝」のベトナム戦争で想起してほしい。アメリカ人の女性がベト
ナム兵に強かん・輪かんされることは絶対起こり得ない。戦場になるということ
は、すべてのものが破壊されるということ。戦場になれば、女は幼女から老女ま
で強かんされるだろう。よって侵略強盗強かん軍においては絶対起こらないこと
が正義の戦いでは起きる。・・・


▼侵略強かん軍においては絶対起こらないことが正義の戦いでは起きる
 http://blogs.yahoo.co.jp/henatyokokakumei/38149646.h


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