[CML 038569] 今日の言葉 ――日本でも韓国でも、ドイツでも世界のどこにあっても、母たちは必死に子どもを抱きしめて来た。コルヴィッツの「犠牲」はそのような母たちへの讃歌である。

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2015年 7月 19日 (日) 19:25:43 JST


【「民衆と女性」の視点に立った深い思索】
戦後の日本には真摯な自省とともに再出発を模索する思想的試みも存在した。その代表的な例として歴史学者・石母田正の
『歴史と民族の発見』(1952)を挙げることができる。近隣諸民族への侵略戦争が無残な敗北という結果に帰結した日本近代の
歩みを、「歴史の主体とは」という問題意識から探求したものである。本書のケースと扉にはコルヴィッツの作品「犠牲」が掲げ
られている。「民衆と女性の歴史によせて」と題された本書第3章に「母についての手紙―魯迅と許南麒によせて」という文章が
収められている。許南麒とは、「火縄銃のうた」で知られる在日朝鮮人詩人である。石母田は戦前、旧制高校で社会科学研究
会のメンバーであったことから「アカ」の嫌疑を受けて警察に拘留され、無期停学処分を受けたことがある。この時、無神論者
で思想的には進歩的であった彼の父は、出世が台無しになると、ひどく腹をたてて彼を叱った。一方、教育がなく保守的だった
母は、決して叱らず、正しいことを行うことを人に恥じる必要がないことを彼に確信させたという。「近代的」な思想の持ち主であ
る父がブルジョア的立身出世主義に毒されているのに対して、「封建的」な母が自分と子供たちの人間性を外部と父親の権力
から守るために努力し抵抗した。このような「民衆と女性」の視点に立った深い思索をもって自国の歴史を反省的に洞察しなけ
ればならない、というのである。この記述は私に、私自身の母を連想させた。そういう感慨を抱くのは私だけではあるまい。日
本でも韓国でも、ドイツでも世界のどこにあっても、母たちはそのように必死に子どもを抱きしめて来た。コルヴィッツの「犠牲」
はそのような母たちへの讃歌である。ただ、私にはそのように母を讃えることへの躊躇と苦い思いがあること事実だ。まかり間
違うと、子供である自分、男である自分による母の二度目の利用、搾取になりかねないと思うからである。現代を生きる私たち
は、コルヴィッツをただ「感動的」に消費するだけではいけない、ということであろう。 

                                              (徐京植(ソ・ギョンシク)「ハンギョレ」2015.07.17 )

【山中人間話】

毎日新聞世論調査:内閣支持、急落35% 不支持51% 安保強行採決「問題」68% - 毎日新聞 すんばらしい。

不支持も急増してる。潮目が変わったことを実感。→安保衆院採決「よくなかった」73% 共同通信調べ 内閣支持率は37.7%
で、前回から9.7ポイント急落。不支持率は51.6%(前回43.0%)と過半数に達し、初めて支持と不支持が逆転

内閣支持率が急落しました。官邸は「強行採決で5ポイント」と予測していたそうですが、10ポイントの下落でした。参院での審
議中に首相の答弁によって「法案への理解が深まり」支持率がV字回復することは考えられません。35%以下で危険水域。
30%を切れば政権は終わります。

共同通信の政党支持率で。自民党が31・9%で前回から5・1ポイント下落。民主党が微増の11%。維新の党も下落で3・6%。
公明党の2・9%はみたことないほどの激減。共産党の7・3%もみたことがないほど高い数字。共産党の支持率を公明党が
三分の一近くにまで下回る状態に。公明党やばいね

警察がでたらめな説明で人びとを国会前に行かせない。警察の根拠ない説明に従ってはダメ。警察が右と言ったので左に行っ
たら、どんぴしゃ正解。恥ずかしくないかね、こういう情報操作。

以下、省略。全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1398.html


東本高志@大分
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