[CML 038526] 山崎康彦さんの投稿について

Takebayashi tkbys at jca.apc.org
2015年 7月 17日 (金) 14:33:35 JST


山崎さん、石垣さん、竹林と申します。

私も以前から、山崎さんが「精神病」者に対する差別表現を、何のためらいもなく、何の疑問も持たず、平気で使用されていることを苦々しく思っていました。

それに対して石垣さんが一石を(しかも一回ではなく何度か)投じられているわけですが、それに対する山崎さんの態度は開き直りとしか見えないものです。


>以前も同じような『言葉狩り』で情報発信を妨害されましたが、記事の内容には
一切言及せず『差別用語』を使っていること
だけを捉えて批判するのは、政府や権力側に不都合な事件の報道を消すために別
の事件をぶつけて世論誘導する
『スピン報道』と同じでしょう。

山崎さんの言葉の使い方に対する批判を、「言葉狩り」「差別用語」としかとらえていないことがまずまちがっています。「キチガイ」という言葉を使うのをやめてくれ、という要求は、たとえば、マスメディアが何かのマニュアルを作成して何も考えずに機械的に「これとこれとこれの言葉は使うのをやめよう」というような意味での、あるいは権力者が強権でもって権力を批判する言葉を一方的に使用禁止にするというようないずれの意味での「言葉狩り」でもありません。まず、根本に、長年の歴史の中に根差した拭いがたい「精神病」者、「精神障害」者に対する不当な差別の現実があるんです。差別の現実がまず前提となっています。その差別の現実の中で被差別者を攻撃するために使われてきた言葉がこの言葉です。

現実と言葉の照応関係を読み違えてはいけません。

ましてや、「スピン報道」などと言う全く別の事柄をぶつけて来るのは、反論にもなっていません。

権力を批判しようとするのならば、その権力から弾圧されている被差別者の権利を守る側に立つのがことの道理じゃないでしょうか。


>『「キチガイ」という言葉は通常使われません』とのことですが、誰が使わない
ようにしたのですか?

この反問で山崎さんは何をおっしゃりたいのでしょうか。まさか、「権力者」が使わせないようにした、とでもお考えなのでしょうか。少なくともこんなに展開される以上、被差別当事者の声をきちんと聴いてほしいものです。

「誰が使わないようにしたのか」――――答えは明らかです。被差別の当事者が心からの叫びとしてこの言葉を糾弾する中から、こんな差別にまみれた、命を奪う刃のような言葉を使わないでくれ!という切実な要求が、やがて世論を動かし、マスメディアを動かして、一般的に現在使われなくなっているのです。マスメディアのマニュアル的対応の不当性とか、権力による表現弾圧はまた別の問題です。

山崎さんがご存じないんだったら、ぜひともそのような当事者の資料にあたられることを求めます。私自身は、例えば、子どものころから近所の同年齢の子どもたちに「キチガイ」と野次られ石を投げられながら育って、成人後、「病者」ゆえにでっち上げによって無実の死刑囚とされた赤堀政夫さんについての本を読んで非常に衝撃を受けました。

あるいは、1970年代に結成された全国「精神病」者集団の初期の中心メンバー大野萌子さんが精神病院の閉鎖病棟に閉じ込められた経験を書かれた文章を読んで、この言葉の凶悪な攻撃性を教えられました。

どうかご自分で読まれ、ご自身の思考で考えてみてください。


>【帝国主義世界支配層】という言葉では、100万人単位で人が死んでも構わない
と考え、軍事テロと金融テロで
これまで何百万人、何千万人を殺してきた世界支配層の残虐性は表現できません。

>彼等はキチガイそのもです。

この文章に山崎さんの決定的な問題があらわれているでしょう。つまり、世界支配層の「残虐性」を「キチガイ」で表現するほかない、とされているわけです。山崎さんにとって、「精神病」者、「精神障害」者はとんでもないことをいつするかわからない、大量殺人をするかもしれない「残虐な存在」そのものということになります。

これが差別でなくて何なんですか?!

しかし、山崎さんだけではなく、最近、反権力を標榜する運動の中でも、暴走する安倍首相に対して「キチガイ」という表現をするものがチラホラ登場してきていることを私は憂慮しています。

権力に対する武器のつもりが、被差別民衆への武器に転化していないかどうか自覚的であろうとすることは、反権力運動の試金石ともいうべきものでしょう。

ともかく、以上の観点から、私は、このような山崎さんの言葉の使い方について異議を表明します。こんな言葉は眼にするのもイヤです。






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