[CML 035728] Re: 弱者の「表現の自由」と強者の「表現の自由」

檜原転石 hinokihara at mis.janis.or.jp
2015年 1月 4日 (日) 10:25:59 JST


檜原転石です。

増田さん、こんちは。

この問題で私は「ムハンマドの風刺画論争」の方をまず想起したので、深沢七郎
の『風流夢譚』は思い浮かばなかったのですから、取り上げてくれた増 田さん
には感謝しています。

「ムハンマドの風刺画論争」からも明白なように、この問題を「言論・表現の自
由」の原理・原則だけで表明するだけでは危ういということです。

たとえば前にも書きましたが、長崎市長・本島等銃撃事件(1990年1月18日)
で、「言論・表現の自由」を周りで表明してみても現状を変える戦 術としては
何の効果もないということは明白で、やるべきことはヒロヒトの戦争犯罪を含め
た天皇制への一斉批判でしかないのです。具体的に天皇批判 を何もやっていな
い人物の「言論・表現の自由」を守れ発言など、何の効果も無いのです。また、
「おまえの意見には反対だがおまえの表現の自由は守 る」というのも同様で、
愚劣な存在(天皇)を認めるという致命的な錯誤を犯しながら、それゆえに守る
ための最も効果的な戦術を何らとれないでいる のですから、ここではただの戯
言にしかすぎません。

まあ具体的「言論・表現の自由を守れ!」で飛び交う言葉の内実を見れば、こう
なってしまうのです。

では「ムハンマドの風刺画論争」はどうでしょう。欧米は「言論・表現の自由」
を当然のごとく主張しました。私の立場は反宗教ですから、「言論・表 現の自
由」の原理・原則からも、反宗教の立場からも、“当事者の強者・弱者の立場を
無視”すれば、「ムハンマド風刺画」掲載を容認できるはずで す。

しかし現実は、地球上には強者・弱者が存在し、「ムハンマド風刺画」は圧倒的
に強者の側から出されたものなのです。また件の新聞社では「キリスト の風刺
画」掲載が却下されていて、「ムハンマドの風刺画」は掲載されたとすると、
「ムハンマド風刺画」は「言論・表現の自由」の問題ではなく、欧 米の特定の
プロパガンダのために「言論・表現の自由」の問題が利用されたとしか言えなく
なってきます。

ジェームズ・ペトラス『アメリカのイスラエル・パワー 』(高尾菜つこ・訳、
三交社、2007年)によれば、デンマークはモサドの拠点になっていて、風刺画を
載せた『ユランズ・ポステン紙』のデスク「フレミン グ・ローズ」はウクライ
ナ系ユダヤ人でイスラエルの極右政権リクードと親密だといいます。

いうまでまなくテロ国家イスラエルは日々ユダヤ・ナチという蛮行を繰り返し、
毎日が土地泥棒という国家です。まあ聖書には虐殺や土地泥棒も推奨さ れてい
るので、イスラエルは聖書の教え通りにやっているとも言えます。

パレスチナはもとより、アフガン、イラクなどのイスラム世界は欧米によって石
器文明にまで破壊されつくしています。その加害者の側の欧米が、反省 など金
輪際しないゴロツキの側が「ムハンマド風刺画」を出して「言論・表現の自由」
を主張するのですから、それに無条件に賛同していては、私たち はただの愚か
者になってしまいます。

さて、今まで数々の外国の指導者を暗殺してきたテロ国家アメリカは当分は北朝
鮮の指導者を暗殺することはないと思われます。朝鮮半島で対立する国 家が
あった方が帝国としては都合が良いからです。いずれにしても北朝鮮の指導者の
暗殺映画を作ることはテロ国家アメリカでは簡単だということで す。

>   私は、自分が見てもいない映画については、「支持する」とも「支持し
ない」とも言えません。  私は「『表現の自由』によって米国で作る北朝鮮の
指導者の暗殺映画の」上映「を支持す る人間」です。

 原理原則からは正しいですが、ただし・・・。上述したようなことです。


>ここ、ちょっと、理解しにくい表現なんですが、「天皇に関しても『表現の自
由』を駆使して」いれば、矛盾は生じず、 「弱者の『表現の自由』と 強者の
『表現の自由』」ということは問題にならない、ということでなのでしょうか。

私の発言――【よって「表現の自由」によって米国で作る北朝鮮の指導者の暗殺映
画を支持する人間は、少なくとも日本においては、天皇に関しても 「表現の自
由」を駆使していなければ矛盾が生じてしまいます。まあ矛盾を感じ たなら、
私の「件名」に行き着くはずです。】は、天皇に関しても「表現の自由」を駆使
して、創作上の暗殺を含めて好き放題書いている人間なら、矛盾なく米 国で作
る北朝鮮の指導者の暗殺映画を支持することができるが、しかし、一定数の人は
自分ではできもしないのに米国の暗殺映画を支持できるわけで、 この理由はと
いえば、弱者の『表現の自由』と強者の『表現の自由』の問題が絡んでいるとい
う意味合いで書きました。ただし現実には、天皇に関して も「表現の自由」を
駆使して、創作上の暗殺を含めて好き放題書いている人間は、米国で作る北朝鮮
の指導者の暗殺映画を無条件で支持することはな く、常に弱者の『表現の自
由』と強者の『表現の自由』の問題を考慮しているのです。現実の世界をみれ
ば、それを考慮しないと間違った結論になって しまいます。

最後に、「ムハンマドの風刺画論争」についてのジェームズ・ペトラスの『アメ
リカのイスラエル・パワー 』「エピローグ」からの私流の要約です。

「言論の自由対冒涜」としての構図が深まる一方で、イスラエルは400万人の
パレスチナ人にナチスと同じような経済封鎖を行うとした。イスラエル の首相
補佐官ドヴ・ワイスグラスは高官らにこんな冗談を言った――「それ(経済封鎖――
食糧・水・電気など)は栄養士との約束みたいなものだ。パ レスチナ人を死な
ない程度に痩せさせてやる」。イスラエルの高官たちは「笑い転げた」。 大量
殺戮を実行しようとするイスラエルの政策はモサドと「ローズ」が仕掛けた「余
興」によって大きく進展した。



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