[CML 039281] 【ブログ記事】■米戦略国際問題研究所(CSIS)は戦前はヒットラーの世界征服指南、戦後は米国防総省直轄の世界支配指南部隊だ!

山崎康彦 yampr7 at mx3.alpha-web.ne.jp
2015年 8月 22日 (土) 10:59:01 JST


いつもお世話様です。                         

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するネットジャーナリスト&社会政治運動家の山崎康彦です。

昨日金曜日(2015.08.21)に放送しました【YYNewsLive】の『メインテーマ』を加 
筆訂正して【ブログ記事】にまとめました。

【ブログ記事】

■米戦略国際問題研究所(CSIS)は戦前はヒットラーの世界征服指南、戦後は米国 
防総省直 轄の米国の世界支配指南の企画・  実行部隊だ!

画像 CSIS創始者イエズス会エドマンド・アロイシウス・ウォルシュ神父とダグ 
ラス・マ   ッカーサー将軍(1948年東京)

安倍晋三ファシスト首相とその一味を背後で操っているジャパンハンドラーズの
拠点・米戦略国際問題研究所(CSIS)は、もともとヒットラーの世 界制服の野望
【第三帝国】に多大な影響を与えたドイツ地政学者カール・ハウスホーファーの
弟子だったイエズス会神父が学問普及のために1919年 に米国に作った研究所
だった。

戦略国際問題研究所(CSIS)の創始者イエズス会神父エドマンド・アロイシウス・
ウォルシュは、ドイツ地政学者カール・ハウスホーファーの弟子であり、その
学問を米国に移植するために1919年にジョージタウン大学内に「エドマンド A.
ウォルシュ外交学院」を創設したのだ。

そして1962年にアーレイ・バークおよびデイビッド・マンカー・アブシャイア]
の主導でジョージタウン大学の付属研究機関として戦略国際問題研 究所(CSIS)
の名称に改編され、1987年に同大学から独立して現在のアメリカ陸軍・海軍直系
の軍事戦略研究所となったのだ。

すなわち米戦略国際問題研究所(CSIS)は、戦前はドイツ・ヒットラーによる世界
征服【第三帝国】の戦略指南、そして戦後の1945-1990 年までの米ソ冷戦下では
ソ連を崩壊させるための戦略指南、そしてソ連崩壊後の1991年から現在までは唯
一の超大国となった米国による世界支配の 戦略を企画・提案し実行させる国防
総省直轄のシンクタンクなのだ。

戦前の【天皇制軍事独裁体制】による【大日本帝国】の復活を夢想する安倍晋三
とそのファシスト一味と、【米国による世界支配】を目論む米軍産複合 体ネオ
コンの司令塔・戦略国際問題研究所(CSIS)の幹部達とは、同じ体質【戦争至上主
義】を共有しているのだ!

米戦略国際問題研究所(CSIS)の日本での受け皿は二つある。

一つ目は、日本のネオコン政治家を大量に育成し自民党と民主党に送り込んだ松
下政経塾。

二つ目は、元外交官でCSISの日本代表を勤めていた伊藤憲一氏が理事長の公益財
団法人【日本国際フォーラム】である。

【関連情報1】

▲カール・ハウスホーファーとは?(Wikiより抜粋)

https://goo.gl/w7dEyc

1869年8月27日、バイエルン王国の首都ミュンヘンにて出生。1887年、ドイツ帝
国のバイエルン王国(1871年にドイツ帝国の領邦となる が、王国を維持)第一
野砲連隊「Prinzregent Luitpold」に入営。ドイツ陸軍士官学校、野砲学校を経
てPreusische Kriegsakademie(ドイツ帝国陸軍大学校)の参謀課程を修める。
1896年にはユダヤ人の娘マルタと結婚し、二人の子をもうけた。 1903 年より同
陸軍大学校にて戦史(軍事史)を教える。

1908年(明治41年)から1910 年(明治43年)まで、日本のドイツ大使館付武官
として勤務。1911 年から1913年に博士論文「日本の軍事力、世界における地
位、将来に関わる考察」をまとめ、Doktor der Philosophie(日本では哲学博士
に相当)を取得。第一次世界大戦には西部戦線に従軍しGeneralmajor(ド イツ
陸軍少将)に昇進。

ヒトラーとの出会い

戦後はミュンヘン大学にて大学教授資格を取得。ハウスホーファーは地政学の創
始者の一人である。1919年にハウスホーファーは教え子としてルド ルフ・ヘス
と知り合い、1921年にはアドルフ・ヒトラーと出会った。1923年のミュンヘン一
揆の際には逃亡するヘスを一時匿い、ランツベルク 刑務所に収監されていたヒ
トラーと面会した。

ヒトラーはハウスホーファーの生 存圏の理論に興味を覚え、「生存圏を有しな
い民族であるドイツ人は、生存するために軍事的な拡張政策を進めねばならな
い」として、ナチス党の政策に取り入 れた。しかしハウスホーファーは「(ヒ
トラーが)それら (地政学)の概念を理解していないし、理解するための正し
い展望も持ち合わせていないという印象を受けたし、そう確信した」と見てと
り、フリードリヒ・ ラッツェルなどの地政学基礎の講義をしようとしたが、ヒ
トラーは拒絶 した。ハウスホーファーはこれをヒトラーが「正規の教育を受け
た者に対して、半独学者特有の不信感を抱いている」事によるものであるとみて
いた。

ナチス政権下

ナチス党が政権に就いた1933年にはミュンヘン大学の正教授に就任した。1934年
から1937年までドイツ学士院総裁を務め、この間駐独大使 館付武官であった大
島浩とも接触してドイツと日本の政治的連携の確立に関与した。

1939年に親衛隊が運営するドイツ民族対策本部(ドイツ国籍を有しない国外ドイ
ツ人との連携機関)に籍を置く。

1941年5月10日に教え子のヘスが、イギリスとの単独和平を目論みメッサーシュ
ミットBf110で渡英した際には、事前にヘスと会っていたこ と、息子のアルブレ
ヒト(en)がイギリスにおける接触先としてハミルトン公ダグラス・ダグラス=
ハミルトンを紹介していた ことが問題視された。そして同年独ソ戦が開始され
たことから、地政学上の見地から「ソ連との関係を強めるべき」と主張したハウ
スホー ファーとヒトラーの関係は疎遠になる。さらにアルブレヒトが1944年7月
20日のヒトラー暗殺計画に関わっていたことで秘密警察の監視下に入った。アル
ブレヒトは逃走していたが、同年12月に逮捕された。1945 年4月末、ベルリン陥
落の直前に処刑された。

死去

第二次世界大戦期を通じて連合国の間では、ハウスホーファーがヒトラーの侵略
政策に大きな影響を与えたとい う見方が広まった。ドナルド・ノートンはこう
した見方をされ たハウスホーファーを「ヒトラーの悪魔的天才」「(Hitler's
evil genius)」と評している。ドイツ敗戦後のニュルンベルク裁判でも重要戦争
犯罪人としてハウスホーファーを裁く動きがあったが、高齢の上に病身であっ
たこと、ヒトラーの政策への関与の立証が困難であった事などから見送られた。

敗戦後の1946年に妻とヒ素を飲んで服毒自殺を図る。その際ハウスホーファーは
ヒ素では死にきれず、割腹自殺に切り替えて死去。理由などは不明 である。

思想と影響

ハウスホーファーはソビエト連邦とドイツの同盟の主唱者の一人であり、グレ
ゴール・シュトラッサーらナチス左派やエルンスト・ニーキッシュのよう なナ
ショナル・ボリシェヴィズムの哲 学、一部のドイツ共産党幹部までにも大きな
影響を与えた。

日本については、日本にヨーロッパにおけるドイツの役割を与えた著作『太平洋
の地政学』(Geopolitik des pazifischen Ozeans) を残した。日本滞在中に日本
語はもちろん、朝鮮語や中国語を修め、広くアジアを旅しヒンズー教や仏教の経
典、またアーリア民族が多く住む北インドやイラン にも詳しく、アジア神秘主
義の権威でもあった。ヒトラー及びナチス党はハウスホーファーの理論に少なか
らぬ影響を受け た。

カール・エルンスト・ハウスホーファーは以下を主張した。

・ラッツェルの「レーベンスラウム」(生存圏)と国家拡大理論

・チェーレンの「アウタルキー」(経済自足論)

・マッキンダーのハートランド論による「ランドパワーとソフトパワーの対立」

・パン・リージョン(統合地域)

・ソ連とのランドパワーによる世界支配

ハウスホーファーは世界をいくつかのブロックにわけて、アメリカ、ソ連、日
本、ドイツなどがそれぞれの地域で主要な地位を占め秩序を維持すべきと し
た。勢力均衡理論に基づいて世界視野での勢力均衡を確立することを提唱してい
るものといえるが、それらをとりまとめる国がドイツであるとした。

【関連情報2】

▲松下政経塾 主な出身者 (Wikiより抜粋)

現職政治家

衆議院議員

自由民主党

逢沢一郎 - 1期生(岡山県第1区選出、当選9回、一時期初鹿明博を私設秘書に雇用)
鈴木淳司 - 3期生(愛知7区選出、当選3回)
高市早苗 - 5期生(奈良2区選出、当選6回): 現総務大臣
伊藤達也 - 5期生(東京22区選出、当選6回): 元金融担当大臣
河井克行 - 6期生(比例中国ブロック選出、当選5回)
松野博一 - 9期生(比例南関東ブロック選出、当選5回)
秋葉賢也 - 9期生(比例東北ブロック選出、当選4回)
木内均 - 9期生(比例北陸信越ブロック(長野3区)選出、当選1回)
坂井学 - 10期生(神奈川5区選出、当選2回)
小野寺五典 - 11期生(宮城県第6区選出、当選5回): 前防衛大臣
大串正樹 - 17期生(兵庫県第6区選出、当選1回)
山本朋広 - 21期生(比例北関東ブロック選出、当選2回)
黄川田仁志 - 27期生(埼玉県第3区選出、当選2回)
宮川典子 - 28期生(山梨県第1区選出、当選2回)

民主党

野田佳彦 - 1期生(千葉県第4区選出、当選6回): 前首相
松原仁 - 2期生(比例東京ブロック選出、当選5回): 元拉致問題担当大臣
原口一博 - 4期生(比例九州ブロック選出、当選6回): 元総務大臣
武正公一 - 5期生(比例北関東ブロック選出、当選5回)
山井和則 - 7期生(京都府第6区選出、当選5回): 前党国対委員長
前原誠司 - 8期生(京都府第2区選出、当選7回): 元党代表
玄葉光一郎 - 8期生(福島県第3区選出、当選7回): 元外務大臣

無所属

野間健 - 12期生(鹿児島県第3区選出、当選1回):

維新の党

丸山穂高 - 30期生(大阪府第19区選出、当選1回)

参議院議員

自由民主党

赤池誠章 - 7期生(比例区選出、当選1回):元衆議院議員(1期)
渡辺猛之 - 13期生(岐阜県選挙区選出、当選1回)
二之湯武史 - 21期生(滋賀県選挙区選出、当選1回)
宇都隆史 - 28期生(比例区選出、当選1回)
熊谷大 - 28期生(宮城県選挙区選出、当選1回)
中西祐介 - 28期生(徳島県選挙区選出、当選1回)

民主党

長浜博行 - 2期生(千葉県選挙区選出、当選2回・衆院4期)
福山哲郎 - 11期生(京都府選挙区選出、当選3回)
森本真治 - 18期生(広島県選挙区選出、当選1回):元広島市議会議員

(終り)

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