[CML 037077] 原発稼動は戦争同様、国民・市民の生存権・人格権の否定である。

ishigaki motoei at jcom.home.ne.jp
2015年 4月 16日 (木) 11:36:10 JST


2015.4.16

原発稼動は戦争同様、国民・市民の生存権・人格権の否定である。



 高浜原発3・4号機運転禁止仮処分福井地裁判決(2015.4.14 樋口英明裁判長)は

使用済み核燃料問題にも触れ、画期的なものである。

この欄でも菅井教授らが原発の類例として足尾の鉱毒問題をあげ、

田中正造を紹介、今も北海道に鉱毒被害者の子孫が移住されていることを紹介された。

原発も足尾銅山の開発も根源は戦争である。

原発は核兵器の平和利用として開発された。

しかし、それは虚構であった。既に40年前に高木仁三郎、水戸巌教授らが、

核分裂によって創り出された放射性生成物は処理できず、

「核兵器と原発」を阻止しなければ人類は滅びる、と提言している。

スリーマイル島、チェルノブイリ・フクシマで被曝しても原発・原子炉を捨てないのは

「核戦争」による第3次世界大戦が起こるであろう、

と各国指導者が予測しているからである。

脱原発は核廃絶の闘いでもある。

                       さいたま市 石垣敏夫

(追伸:僭越ですが、三橋公民館の「9条俳句について」

の私の投稿が4月17日号の「週刊金曜日」に掲載されていますので

目を通して頂ければ幸いです。)


CML メーリングリストの案内