[CML 034183] ネオナチ・ツーショット写真の問題

林田力 info at hayariki.net
2014年 9月 29日 (月) 22:09:58 JST


自民党の高市早苗総務相や稲田朋美政調会長、西田昌司参院議員と政治団体「国家社会主義日本労働党」代表のツーショット写真が明らかになり、問題になっている。この代表は「民族浄化を推進せよ!国家社会主義闘争に立ち上がれ!」と叫び、ネオナチと見られているためである。

 以下のように評される。「この政治団体代表との関係がどうであろうと、結果からすれば軍国少女隊の名を世界に知らしめ、安倍政権の足を引っ張ってしまった」(「ネオナチ高市の入閣は安倍改造内閣最大のアキレス」DAILY NOBORDER 2014年9月17日)

 「政治家がどんな信条を持とうがそれぞれの勝手だが、今回の2S写真は間違いなく、日本の国際的な評判を落とした」(水島宏明「政治家として国際社会でアウト!「国家社会主義=ナチ」と2Sの脇の甘さ。高市早苗総務相らの写真」2014年9月10日)

 政治家として求められれば一緒に写真撮影するとの論理は頭ごなしに否定すべきではない。それは「元過激派とのツーショット写真」など左翼候補へのブーメランになる可能性はある。在日韓国朝鮮人へのヘイトスピーチを糾弾しながら、「安倍死ね」は言論の自由という左翼教条主義のダブルスタンダードは市民社会に通用しない。

それでもナチスやネオナチと認識されることは国際的には日本人が考えている以上に厳しい立場に置かれることになる。弁護士法人アヴァンセ・リーガルグループ代表・金崎浩之弁護士が自らのウェブサイトでナチスのシンボル・ハーケンクロイツを使用するという問題もあった。この種の問題では「その意図はなかった」という類の弁解は通用しない。ネオナチ・ツーショット写真事件からは保守の劣化を実感する。

 管見は保守の可能性を評価している。保守思想にはブラック企業や貧困ビジネス、脱法ハーブ、半グレ・ヤンキー、イジメ問題など社会悪への断固たる姿勢があると感じられるためである。逆に左翼には社会を構造的に捉えようとするあまり、体制批判や権力批判には熱心であるが、市民が感じる社会悪への関心が疎かになりがちである。「そのようなことよりも護憲運動や脱原発運動に注力せよ」と切り捨てる傾向さえある。それ故に「教職員組合はイジメ問題を放置して脱原発デモに参加している」「オスプレイよりも脱法ハーブの死者の方が多い」という右からの批判も省みる価値があると考える。

 一方で日本の保守には権力に擦り寄って、おこぼれをもらうことしか考えない傾向もある。中国や韓国・北朝鮮を敵視するが、アメリカは批判できない「雇われ右翼」も多い。ネオナチとの親和性は歴史認識の観点でも保守の劣化を示している。

 若年層の右傾化にはカウンターカルチャーという側面もある。私は今と比べて頑張っている教職員組合の活動家が多かった時代に教育を受けた。そこでは左翼的な歴史認識が支配的であった。右傾化には支配的な言説への反抗という積極的側面がある。優等生的な人間は左翼的な歴史認識を受け入れるが、反骨精神がある人ほど右傾化する。

 特に左翼的な歴史認識の問題は「これが正しい歴史認識です」という形で自己の歴史認識が唯一絶対であると押し付ける傾向があったことである。それ故に多様性尊重という意味でのリベラルな人も左翼の基準では右傾化することになる。別に右翼的な歴史認識を信奉するつもりはなくても、様々な歴史認識に触れたいと思ったならば、左翼教条主義を排除した世界に行く必要があった。

これは「今と比べて頑張っている教職員組合の活動家が多かった時代に教育を受けた」世代の話である。それより下の世代は前提が異なる。左翼的な歴史認識に触れることなく、支配的言説に従順なために右傾化した世代は深刻である。それは別の問題として考える必要がある。

 左翼から歴史歪曲・美化と批判される歴史認識に「日本軍は占領地でも品行方正で、組織的な略奪や強姦を行わず、占領地の独立や民生の向上に貢献し、住民から感謝歓迎された」というものがある。日本軍の人権意識の欠如を考えれば、この歴史認識は事実に反するものである。一方で、この歴史認識は「占領地で略奪や強姦を行うことは悪いことである。植民地になっている地域の独立運動を支援し、民生の向上に貢献することは良いことである」という価値観に立脚している。

この価値観の健全性は評価されていい。それは「在日韓国朝鮮人を殺せ」というヘイトスピーチや、米兵の性犯罪被害者に対して「夜中に出歩いている被害者が悪い」と言い放つ主張とは異なる。その違いを理解せず、自己の歴史認識を唯一絶対のものと押し付けるだけの左翼教条主義は人々を右傾化に押しやるだけである。
http://www.hayariki.net/poli/nazi.html
 右傾化がカウンターカルチャーであった学生時代に流行った作品に荒巻義雄『紺碧の艦隊』がある。山本五十六が死後に38年前のパラレルワールドにタイムスリップし、前世の知識を使って太平洋戦争をやり直す物語である。真珠湾攻撃でハワイを占領するなど日本優位に進む。しかし、結局、日本は英米と講和し、共にナチスドイツと戦うという展開になった。日本を美化する御都合主義作品でもナチスドイツは絶対悪として描かざるを得ない。

 日本を善玉にするならば、日本はナチスドイツとは異なると主張しなければならない。日本とドイツは戦後の歩みが異なる。「ドイツを見習え」と言われることが多いが、それに反論が成り立つとすれば「日本は欧米列強が過去にしたと同じ意味での侵略はしたが、ドイツのようなジェノサイド目的の侵略はしておらず、日本とドイツの戦争責任は質的に異なる」になる。ナチスドイツとの差異が日本における旧体制存続の拠り所になる。それ故にネオナチ・ツーショット写真は深刻な問題である。

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■ 林田力 Hayashida Riki 
■■ 『東急不動産だまし売り裁判』著者
■■◆ http://www.hayariki.net/


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