[CML 033839] 放射脳カルトの加害性

森中 定治 delias at kjd.biglobe.ne.jp
2014年 9月 14日 (日) 00:58:32 JST


林田様
 
“放射脳カルト”という言葉は,原発や放射線への対処に強い関心をもつ国民の一人として大変不快に感じます.
 
“カルト”はまだ理解ができます.人間社会の破壊を望む狂信者の集団という意味でしょう.しかし,“放射脳”という言葉は理解ができません.脳神経が放射状に広がる特別の人間のことでしょうか.文脈によって美しいとか強いという意味の場合もあれば,別の文脈では悪や不正を表す言葉もあります.しかし,“放射脳カルト”はそれ自体に意味を持たず,原発や放射能について一所懸命考えようとする人にとって,ただ不快にさせるだけの有害無意味な言葉です.
 
私は,貴方に対してこの言葉を不快だと2度意思表示しました.もし使うなら誰がその脳をもつのか,どのメールがそれに相当するのか明示し,議論して欲しいと述べました.それなら,具体的であるしその言葉に当てはまる内容かどうか議論するために使ったのだと理解もできます.
 
しかし,私の問いには何も答えず,かといって使用を止めるのではなく,曖昧な同じ一般論を繰り返します.こういう投稿方法は,このCMLへの投稿としてまともではないと思います.この言葉を使い使われて誰も不快に思わない,そういう人達の間で使ってもらえませんか.
 
森中

On 2014/09/13, at 11:04, 林田力 wrote:

> 
> 放射脳カルトの呼称について
> 
> 放射脳カルトの呼称を使用することの是非を検討する。放射脳カルトは「東日本には人が住めない」などの放射能汚染のデマを撒き散らす人々である。「福島県警の警察官3名が急性白血病で死亡」とのデマもあった。2013年1月中旬の関東地方の積雪も福島原発事故の影響というデマが流れた。 
> 
> 放射脳カルトは恣意的なデータを提示して放射能汚染を過剰宣伝する。一般にデータは価値中立的と受け止められがちであるが、提示者の価値観と無縁ではない。 
> 
> 問題は放射能の危険を煽る一部の人々の動機である。主張の背後にある政治性や経済的動機に目を向ける必要がある。「恐怖を煽ることによって得をするのは、日本経済を混乱させたい人々でしかいない」(早見慶子「東日本大震災の裏で何が画策されているのか?」真相ジャパン第37号)。 
> 
> 現実にはもっと卑しい動機がある。根拠のない放射能汚染をtwitterなどで拡散し、悪徳商法の種にしている卑しい人々が存在する。放射脳カルトはデマを信じる人に怪しげなベクレルフリーの食材やガイガーカウンターを売り付ける貧困ビジネスである。リフォーム詐欺と同じ要領で「お宅が放射能汚染されています」と告げて高額な除染を請け負うなどもある。 
> 
> 自主避難(放射能疎開)の呼びかけも同じである。その中には劣悪な住宅を提供する悪徳不動産業者も混じっている。ゼロゼロ物件詐欺などでフリーターなどの貧困者を食い物にしてきた都内の悪徳不動産業者が東日本大震災をビジネスチャンスとして、被災者・避難者向け賃貸住宅に力を入れている。 
> 
> 無断の鍵交換など、その不動産業者に苦しめられた賃借人らは、震災や原発事故に便乗し、被災者をカモにしていると反発する。原発不安で自主避難民が増えれば儲かるという構図がある。ゼロゼロ物件業者などが放射能汚染の不安を煽る状況に対し、国や自治体による汚染情報やリスクに関する正しい情報の告知の要望が高まっている。 
> 
> 管見は微量でも被曝を避けるべきとの立場である(林田力「福島第一原発事故の被曝と医療被曝の比較はナンセンス」PJニュース2011年3月22日)。しかし、東急不動産だまし売り被害者として悪徳業者への怒りは強く、貧困ビジネスの放射脳カルトを強く糾弾する立場である。放射脳カルトは脱原発派のイメージダウンになっている。 
> 
> 放射脳は少なくともインターネット上では普及した言葉である。放射脳のカルト性についても論じられており、放射脳カルトは言葉の使い方として特異なものではない。 
> 
> 放射脳カルトはネガティブな表現であるが、放射脳カルトを批判する文脈で使用している。ネガティブな意味があることは意図通りである。 
> 
> 放射脳カルトとの表現を使うことへ批判として、以下の2点が想定されるが、何れも退けることができる。 
> 
> 第一に原発推進派から脱原発派全体への攻撃として放射脳との表現が使われている。放射脳カルトの言葉を使用することは、その限りで原発推進派に乗っかることになる。しかし、放射脳カルトそのものへの批判は正当である。脱原発派が自己と放射脳カルトを区別して、脱原発派から放射脳カルトを批判することが、脱原発派と放射脳カルトを混同した批判への対策になる。 
> 
> 第二に放射脳カルトも脱原発を主張しており、放射脳カルトを批判するよりも、脱原発に注力すべきとの考えである。しかし、放射脳カルトの存在が脱原発に注力できない状況を作っている。被災地瓦礫焼却を容認する人物が主催する脱原発デモへの不参加を呼び掛けるなど、放射脳カルトには内ゲバ体質がある。これから原発をどうするかの問題と、放射能汚染対策の要否は別問題である。 
> 
> 脱原発派として放射脳カルトを批判することは、脱原発は支持しても放射脳カルトお断りの地に足ついた良識派市民層との幅広い連帯を志向するものであり、ウィングを広げる活動である。 
> http://hayariki.net/9/27.htm
> (2014/09/07 11:55), 林田力 wrote:
>> 放射脳カルト批判をめぐる議論が混迷に至る要因は、放射脳カルトの加害者意識の欠如である。放射脳カルトは福島県の復興に取り組む人々を攻撃する。放射脳カルトは福島県産の桃を購入した人々にすら噛みついてくる。
>> 
>>  糸井重里氏は2014年8月22日にTwitterで以下のように呟いた。「福島の桃を買ったとか、それがおいしかったと書くと、一部の人たちから三年も前と同じような『反論?』が飛んでくる。あらゆる不安に丁寧に答えようと地道に調査して計測してきた人たち、安心でおいしい農作物を自信をもって届けられるようになった人たちのことを、馬鹿にされたような思いになる」
>> 
>> このような放射脳カルトの積み重なった言動に対する反論が放射脳カルト批判である。言わば放射脳カルト批判は個別的自衛権の行使である。放射脳カルト批判は幅広い支持が得られる。狭い仲間内のセクトではなく、市民社会という視点に立てば、これは明らかである。このために放射脳カルト批判の高まりに対し、放射脳カルトは自分達が排除される、切り捨てられていると被害者感情を抱く。それは筋違いである。
>> 
>>  脱原発運動は、被災地復興に対する考え方の相違に関わらず、原発をなくしたい人々が集まって運動すればよい。それならば平和であった。ところが、「脱被曝でなければ真の脱原発ではない」と言ったのは誰か。瓦礫焼却受け入れ派の主催する脱原発デモへの不参加を呼び掛けたのは誰か。
>> 
>>  放射脳カルトは不和の種である。放射脳カルトは批判者を攻撃するあまり、ネットストーカー化している。以下は放射脳カルトのTwitterアカウントをブロックしたTwitterユーザーの感想である。「「通知」には放射脳からの汚いメンションがいっぱい溢れていたけど、わたしがフォローしているユーザーだけにすればスッキリした」
>> 
>>  分裂と排除の原因は放射脳カルトにある。そこを無視して被害者意識だけを持つから議論が成り立たなくなる。相手を認めて敬意を払わない放射脳カルトが相手から認められることは決してない。放射脳カルトよりも放射脳カルト批判者は度量が広く、敵対者でも相手の良いところを認める能力があるかもしれない。しかし、その能力の発動を放射脳カルトが期待するならば不公正である。
>> 
>>  放射脳カルトは脱原発の達成を困難にする。放射脳カルトの差別と偏見は人の目を曇らせる。放射脳カルトが存在する限り、福島県民に安寧の日々はない。市民は福島の大地を耕し、ものを作り、皆が当然として生きる世界を目指している。市民にとって大切なものは自己決定権である。それを阻害する放射脳カルトが反発されることは当然である。
>> 
>>  被災地復興に体を張っている者は福島県民であって放射脳カルトではない。福島の生活と風景がいつまでも続くように守るべきことはしっかりと守らなければならない。地に足着いた生活を愛し、福島県民のことを考え、人権を大切にしたい。
>> 



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