[CML 033815] 『ゴールドスティン』書評

林田力 info at hayariki.net
2014年 9月 12日 (金) 22:20:57 JST


フォルカー・クッチャー著、酒寄進一訳『ゴールドスティン 上下巻』(創元推理文庫、2014年)は戦間期のドイツ共和国(ワイマール共和国)首都ベルリンを舞台とした警察小説である。ベルリン警視庁のラート警部を主人公とした『濡れた魚』と同じシリーズである。

ニューヨーク・ギャングの殺し屋と目されている危険人物ゴールドスティンがベルリンに来訪しているとの情報が入った。ラート警部はゴールドスティンの監視を命じられる。視点人物はコロコロ変わる。別々の話を扱っていると思いきや、読み進めるうちに繋がっていく。

 警察小説は警察側が主人公であるが、本書は冒頭から警察の腐敗に直面する。主人公からして一歩間違えれば腐敗警官である。救いは日本の警察不祥事のような組織的な隠蔽はなく、自浄作用が働いていることである。主人公側が失態を繰り返すが、上述の問題もあり、逃げる側に感情移入したくなる。特に上巻のラストは笑ってしまった。

 本書では暴力団組織に雇われた悪徳弁護士が登場する。現代日本で言えばブラック士業である。暴力団構成員の犯罪者を弁護するために証人の人格を攻撃する。「妹を巡る古い話をいくつか持ち出して、ルイーゼが見栄っ張りな娘だといって、学校で級長であることまで、そのろくでもない弁護士は妹のマイナス材料にした」(下巻263頁)。私も東急不動産消費者契約法違反訴訟で東急不動産の弁護士から年収やマンション管理組合理事長であることなどの暴露攻撃を受けたために、この憤りは共感できる。

 本書は法治国家として捜査官の確信だけで逮捕できない刑事のもどかしい思いが語られる。「犯罪者が罰されずのうのうとしていたら、腹が立ちます。犯罪者だってわかっているのに、捕まえることができないのも悔しいものです」(下巻278頁)。

 言うまでもなく法治主義は必要不可欠なものである。警察の人権意識が乏しく、思い込み捜査から自白を強要する冤罪が起きる日本では強調してもし過ぎることはない。それでも危険ドラッグが合法ハーブや脱法ハーブと称してインターネット上などで販売されている状況を見ると、同じ意識を抱きたくなる面もある。

 当時のドイツはナチスの突撃隊だけでなく、共産党も準軍事的組織・赤色戦線戦士同盟を有しており、一触即発の雰囲気があった。本書は、そのような世相を描いている。『濡れた魚』では新興勢力に過ぎなかったナチスは本書では勢力が拡大している。

ナチスは民主国家で合法的に政権を獲得したとして、民主主義のパラドックスと位置付けられがちであるが、決して民主的な活動で国民の支持を集めた訳ではなく、背後には突撃隊などの暴力があった。若い突撃隊員などを暴力に走らせた理由は失業や貧困、格差からのルサンチマンである。ユダヤ人差別もルサンチマンが人種憎悪に転化したものである。

これは貧困と格差が拡大し、在日韓国朝鮮人へのヘイトスピーチが行われる日本で他人事ではない。ここで左翼が言いそうな右傾化批判をしたい訳ではない。安倍政権をナチスになぞらえて政治批判したい訳でもない。当時はナチスだけでなく、極左による暴力もあった。日本でも左翼側にも福島や東日本を差別する放射脳カルトのようなルサンチマンの憎悪への転化が見られる。極右ファシズム批判をすればいいでは済まないところに、日本社会のワイマール共和国と重なる深刻さがある。

林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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