[CML 033814] 「朝日」が まともになったから権力者から批判されてきたので、良いことです:「読売」記者が目撃した従軍慰安婦

石垣敏夫 motoei at jcom.home.ne.jp
2014年 9月 12日 (金) 21:49:40 JST


みなさん、坂井さん

朝日が権力者から批判される、これは朝日が少しまともになった証左です。
これまで朝日は「消費税値上げは賛成、議員定数削減をやれ、小沢一郎議員は辞職せよ」 

他「朝日は産経と同様になった」といわれ多くの読者が離れました。

週間金曜日の北村元編集長が言っていましたが。「権力者は税金を握り、
日本はまだ上意下達の状況だから、権力者と市民・国民を天秤にかければ、
中立などあり得ない。
マスコミが市民・国民の立場に立って権力者の実態を暴くことによって
権力者と市民・国民の均衡が保たれる」のです。

日本軍「慰安婦」問題を朝日は良く取りあげたと思います。
ただ吉田清治氏の発言については、真とも偽とも判断できないと考えています。
私は吉田氏から直接お聞きしましたが、虚偽とは思えませんでした。
現代でもボスニアとかナイジェリアの女子高校生の件もあり
戦争の実態としてあり得ることです、
被害者が証言者として出てこないのも不思議ではありません。
日本人女性も多くの方が「日本軍隊慰安婦」として戦地に送られていますが、
証言されたのは一人しか、聞いていません。
   (さいたま市 石垣敏夫)


] 「読売」記者が目撃した従軍慰安婦

坂井貴司です。

従軍慰安婦「誤報」記事で朝日新聞を叩く読売新聞。しかし、太平洋戦争中、
同社の従軍記者が、騙されてビルマへ連行された朝鮮人慰安婦と出会った記録が
残っています。

「読売新聞の従軍記者 小俣行男氏の記録」
http://www.twitlonger.com/show/n_1s510jl

(ここから)

「読売新聞の従軍記者 小俣行男氏の記録」
1942年5月か6月頃 ビルマ(現ミャンマー)

(朝到着した貨物船で、朝鮮の女が四、五十名上陸したと聞き、彼女らの宿舎に
のりこんだとき)

私の相手になったのは23、4歳の女だった。日本語は上手かった。公学校で先生
をしていたと言った。「学校の先生がどうしてこんなところにやってきたのか」
と聞くと、彼女は本当に口惜しそうにこういった。「私たちはだまされたのです。
東京の軍需工場へ行くという話しで募集がありました。私は東京に行ってみたか
ったので、応募しました。仁川沖に泊まっていた船に乗り込んだところ、東京に
行かず南へ南へとやってきて、着いたところはシンガポールでした。そこで半分
くらいがおろされて、私たちはビルマに連れて来られたのです。歩いて帰るわけ
に行かず逃げることもできません。私たちはあきらめています。ただ、可哀そう
なのは何も知らない娘達です。16、7の娘が8人にいます。この商売は嫌だと泣い
ています。助ける方法はありませんか」

考えた末に憲兵隊に逃げこんで訴えるという方法を教えたが、憲兵がはたして
助けるかどうか自信はなかった。結局、8人の少女は憲兵隊に救いを求めた。憲兵
隊は始末に困ったが、将校クラブに勤めるようになったという。しかし、将校ク
ラブ(将校専用の慰安所)がけっして安全なところでないことは戦地の常識であ
る。その後この少女たちはどうなったろうか。

※出典 小俣行男著『戦場と記者 - 日華事変、太平洋戦争従軍記』冬樹社
(1967年)より

(ここまで)

坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
『伝送便』
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