[CML 033743] 今日の言葉~抜録~石牟礼道子さんの「苦海浄土」未発表原稿の発見ともうひとりの石牟礼道子 ――毎日新聞「憂楽帳:『苦海浄土』」(2014年09月09日)と引用者注

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2014年 9月 9日 (火) 23:16:20 JST


毎日新聞「憂楽帳:『苦海浄土』」(2014年09月09日):
「見つけてくださるのを待っていました」。2012年に「最後の人 詩人高群逸枝」が刊行された時の石牟礼道子 さん(87)の談話だ。1968年から約10年かけて書いた 
「最後の人〜」は30年余り単行本になる機会がなかった。「苦海浄土」の未発表原稿の発見は、喜びよりも驚きの方が強かったようだ。いったん手放した原稿は自然の流れに任せるのが石牟礼流。原稿は放っておけば散逸してしまう。そうはさせじと日本近代史家の渡辺京二さん(84)は石牟礼さんの資料整理を長年続けている。見つかった原稿は、渡辺さん編集の雑誌に載るはずが、終刊で日の目を見なかった“幻の苦海浄土”である。患者支援や新作執筆に忙殺され、石牟礼さんも渡辺さんも原稿の存在を忘れてしまっていた。実物を拝見すると、赤ペンの書き込みがかなりあった。活版印刷の時代、編集者は字の大きさや改行などを赤ペンで指示する。赤ペンは印刷所入り寸前を意味するのだ。滑走路に出たものの、離陸することのなかった飛行機のようである。機体を点検し直し、大空に舞い上がる日を待ちたい。

引用者注:
作家の石牟礼道子については「安倍晋三は『水俣病を克服した』と宣言し、その直後に天皇夫妻が熊本を訪問して患者達を『慰労』した。この天皇夫妻訪問に加担(朝日新聞 2013年10月28日)したのが他ならぬ石牟礼道子だった(略)この人物は元々東京のチッソ本社へ抗議に行った際、二重橋にも行って『天皇陛下万歳』を叫んでしまう(熊本日日新聞 2013年10月24日)ような者だった。天皇に対してどこまでも「退く! 媚び 
る! 省みる!」姿勢であり、天皇の御威光にすがって問題の解決を目指した所が石牟礼の限界だったのだろう」という批判もあることもご紹介しておきます。
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東本高志@大分
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