[CML 034733] 南米の最貧国の一つボリビアで、人々をこれほどまでに熱狂させるモラレス氏とは、どんな人物なのか。:朝日新聞(@ラパス)ボリビアのカリスマ大統領

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2014年 10月 29日 (水) 17:45:24 JST


(@ラパス)ボリビアのカリスマ大統領
http://www.asahi.com/articles/ASGBQ1Q2QGBQUHBI001.html

2014年10月28日11時39分

大統領官邸のバルコニーに閣僚らと姿を現したエボ・モラレス大統領(右から4人目)=10月12日夜、ラパス、田村剛撮影

■特派員リポート 田村剛(サンパウロ支局長)

 「これからも、これからも、エボ・モラレスが大統領!」。ボリビアの首都ラパス中心部にあるムリリョ広場。10月12日の夜、大統領官邸の前では、民族楽器のケーナやサンポ−ニャに合わせ、市民の歌声が響いていた。

 集まった人々は数千人。午後9時過ぎ、この日の大統領選で3選が確実になった現職エボ・モラレス氏(55)が、官邸のバルコニーに姿を現した。「ボリビア万歳!」。モラレス氏がそう叫んで拳を突き上げると、群衆の熱気は最高潮に達した。

 「兄弟たちよ、この選挙には深い意味がある。反植民地主義と反帝国主義の勝利だ」。モラレス氏の言葉に、広場からは地鳴りのような歓声がわき起こった。

 「この勝利をキューバのカストロ氏と今は亡きベネズエラ前大統領のチャベス氏に捧げる」。演説が終わると一斉に花火が打ち上げられ、民族衣装姿の先住民女性らが輪になって踊り始めた。「エーボ! エーボ!」。群衆の叫び声は深夜まで続いた。

 南米の最貧国の一つボリビアで、人々をこれほどまでに熱狂させるモラレス氏とは、どんな人物なのか。

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 親米の白人系支配層が政治を動かしてきたこの国で2006年、「反米」を掲げて先住民初の大統領に就任したのがモラレス氏だ。左派の社会主義運動党(MAS)を率い、米国が規制を強めるコカ栽培の推進や、先住民の政治参加を推し進めてきた。

 3選を目指したこの日の選挙では、約61%という高い得票率で当選。24%の得票で2位につけた中道右派の候補を、大きく引き離した。相次ぐクーデターで短命政権が続いてきたボリビアで、大統領の3選は初めてのことだ。2020年までの任期を全うすれば、通算14年間の歴史的な長期安定政権となる。

 1期目には、既得権を奪われることを恐れた白人系の富裕層や中間層が激しく反発し、一時は両者の間で虐殺事件まで起きた。しかし、今ではすっかり沈静化し、今回の選挙でモラレス氏は、過去に敗北した4県のうち3県でも勝利した。

 広場に駆けつけたエステバン・メルシアさん(54)は、「エボは、誰もできなかったことを成し遂げたんだ。本当にすごい大統領だ」と興奮気味に語った。

 圧倒的な人気の理由の一つは、この国の目覚ましい経済成長だ。モラレス氏の就任以降、国有化した天然ガスなどの輸出により、成長率は平均で約5%を記録。13年には6・8%に達した。ラパスの町には活気があふれ、新たなビルの建築が相次いでいる。

 さらに人気を押し上げているのが、人口の半分以上を占める先住民への手厚い支援と貧困対策だ。モラレス氏は09年、先住民の権利拡大や農地改革を盛り込んだ新憲法を制定。子どもや老人、妊婦への経済的な支援制度もつくった。学校に通えず、電気もないほど貧しかった先住民の生活が改善され、世界銀行によると、07年に60・1%だった貧困層が、11年には45・0%になった。先住民の間には、モラレス氏への感謝の気持ちが深く浸透している。

 モラレス氏自身のカリスマ性も大きい。先住民アイマラ族の出身で、少年時代はアンデス山脈で家畜のリャマを飼って生活。貧しさの中で、7人兄弟のうち4人を失った。スーツは着ないのが信条で、有権者には、「あなたさま」と敬意を込めて話しかける。ボリビア国民に、まさに「我らの大統領」と映った。

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 モラレス氏が推し進めた改革の象徴の一つが、ラパスに出現した近代的なロープウェーだ。標高3600メートルの高地で深刻化していた交通渋滞の解決策として、モラレス氏が2期目に建設を進めた。都市部の交通機関として使われるロープウェーの中では世界最長の規模で、計約10キロにわたってラパスと郊外とを結ぶ。

 選挙当日、投票所で出会った先住民女性イルダ・デカジェさん(60)は、「もちろんエボに投票した。何と言っても、立派なロープウェーを作ってくれたんだから」と力を込めた。乗り合いバスで坂道を行き来していたころよりも、格段に移動が楽になったのだという。ラパス郊外の貧しい地域に住む人々にとって、空中を行き交うロープウェーの建設は、モラレス氏の功績を改めて印象づけるのに十分だった。

 他方、モラレス氏は、ベネズエラの故チャベス前大統領やエクアドルのコレア大統領と緊密な関係を築き、南米大陸の反米左翼陣営の一角としても存在感を示し続けてきた。08年には、反政府勢力を扇動しているとして、駐ボリビア米国大使を国外に追放。米国も駐米ボリビア大使を帰国させる措置で応じた。

 ただし、強硬姿勢ばかりではない。今年3月にモラレス氏は複数の米上院議員と面会し、両国関係の改善について話し合っている。大統領選翌日の地元テレビのインタビューでは、米国との外交関係について「望ましい」と発言。「昔のように内政に干渉さえしなければ、米国を歓迎する」とも述べた。威勢のよい対米姿勢で国民の人気を保ちつつ、実際には冷静に現実を見極めているようにもみえる。

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 そんなモラレス氏の人気はこれからも続くのか。それを占う要素の一つは、今後も順調な経済成長を続けられるかどうかだろう。貧しい先住民への支援を続けてこられたのも、結局は輸出で得た利益によるものだからだ。経済が失速したとき、これまでの人気を維持できないことは、モラレス氏自身がよくわかっているはずだ。

 懸念されるのは、ボリビアが価格変動の激しい天然資源の輸出に大きく頼っていることだ。安定的な成長を続けるためには、新たな輸出モデルや産業の育成が不可欠になる。モラレス氏は、天然ガス輸出だけでなく、電力輸出によって、「ボリビアを南米大陸のエネルギー供給の中心にする」と語っているが、具体的な道筋は十分に語られていない。

 今後の注目点は、新憲法に定められている大統領の再選制限をめぐるモラレス氏の対応だ。新憲法は大統領の再選を1度までしか認めていない。モラレス氏が今回3選を果たせたのは、憲法裁判所が、現政権は09年に改正された新憲法のもとでの1期目にあたるとする例外的な判断をしたからだった。

 憲法上は、モラレス氏のこれ以上の続投は不可能なはずだが、ベネズエラの故チャベス前大統領が09年に踏み切ったように、憲法改正で再選制限を撤廃する道はまだ残されている。今回の大統領選と同時に行われた国会議員選挙では、与党が全議席の3分の2を獲得しており、憲法改正の発議はいつでもできる状況だ。

 現在のところ、モラレス氏は報道各社のインタビューで「憲法の規定に従う。3期目が終われば、引退してレストランを開くつもりだ」と述べ、続投の考えは示してはいない。だが、同時に「後継者がいないのが心配で、眠れない夜がある」とも語っている。

 圧倒的な人気に支えられたモラレス氏だが、これまでの行動に一種の危うさがあったのも事実だ。10年には、サッカー好きが高じて、英サッカーチームのマンチェスター・ユナイテッドが買うはずだった飛行機を大統領機として購入し、批判を浴びた。20階建ての大統領官邸を新たに建設する計画を立て、出生地には自分の博物館も建てた。地元紙では「もう昔のエボではない。権力の亡者だ」と語る盟友の言葉が紹介された。

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 大統領選当日の夜、ムリリョ広場での勝利宣言で、能弁なモラレス氏が一度だけ言い間違えをする場面があった。自らの任期について、「これからさらに『9年』、我々を応援してくれることに感謝したい」と叫んだのだ。大統領の任期は5年。モラレス氏は少ししてからはっとして、「5年」と言い直した。

 2期目までの任期がちょうど「9年」だったから、単に言い間違えたと考えるのが自然かもしれない。ただ、モラレス氏が心の底に秘めた真意を暗示しているようにも、私には思われた。もちろん本当のところはわからない。モラレス氏は、演説後に予定されていた記者会見を急きょキャンセルし、そのまま姿を見せなかった。

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 田村剛(たむら・つよし) サンパウロ支局長。2005年入社。青森総局、横浜総局、東京社会部などを経て14年9月から現職。38歳 		 	   		  


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