[CML 034717] Re: 論説紹介:なぜ今、「イスラム国」なのか 若者の閉塞感とIT革命

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 10月 28日 (火) 11:49:03 JST


内富さん wrote:
> 本日読んだ記事の中で興味深い分析でした。かつてスペイン内戦における「国際旅団」のように、「国際義勇兵」は反
> ファシズムのような進歩的な陣営に共感する若者たちでした。いまや、「イスラム国」のような反動的なイスラム原理主
> 義(ジハディスト=イスラム聖戦主義者、大部分のイスラム教徒の中でもアメリカにおける「ネオコン」のような異端的な
> 潮流)の陣営に取り込まれています。それがなぜなのか、若者がなぜ「イスラム国」に自らの「居場所」を見出すのか、
> 興味深い分析であると思いました。翻って民主主義的・進歩的陣営がこうした若者をどう結集させるのかが問われてい
るともおもいました。
>
> なぜ今、「イスラム国」なのか 若者の閉塞感とIT革命 本社コラムニスト 脇祐三 
 2014/10/27付日本経済新聞 朝刊
> http://www.nikkei.com/article/DGKKZO78899180V21C14A0TCR000/

内富さんが「興味深い分析でした」と言われる「 なぜ今、「イスラム国」なのか 若者の閉塞感とIT革命」という上記の記事
を読んでみました。同記事の要旨は、イスラム「過激派の宣伝やリクルートなどの活動の中心は、インターネットのサイバ
ー空間に移った」。その「IT革命」がイスラム「過激派の宣伝やリクルート」を成功に導き、欧米の「若者の閉塞感」を打ち
破る契機ともなっている、というものですね。

同様の要旨の記事はこのところ各メディアから立て続けに発信されています。たとえば10月26日付けの朝日新聞「アラ
ブの若者、「聖戦」へ続々 「イスラム国」巧みに接近・宣伝」という記事も上記日経の記事とほぼ同様の内容の記事です。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11422298.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11422298

この朝日新聞記事についてはいま注視度の高いイスラーム研究者の中田考さんが26日付けのTwitterで「何も分かって
いないバカ記事」と酷評しています。
https://twitter.com/HASSANKONAKATA/status/526182132998107136

中田さんは28日付けのTwitterでもこちらも中東研究者として有名な高岡豊氏の「世界80カ国から集まる戦闘員 「イスラ
ム国」は空爆国が育てた(同28日付)という記事についても「http://bit.ly/1xwXKz5-タイトルタイトルから一瞬でも高岡氏
がまともなことを書いてるのかと期待したのが馬鹿だった。事実は、空爆国がイスラームに敵対する不正な強権国家な
のが原因」と酷評しています。
https://twitter.com/HASSANKONAKATA/status/526838500591550464

上記で中田さんが「事実は、空爆国がイスラームに敵対する不正な強権国家なのが原因」と言っているのはたとえば次
のような「事実」を指しているでしょう。一部はすでに本MLでもご紹介しているものですが改めて内藤正典さん(同志社大
学教授)の講演発言とTwitter発言をご紹介しておきます。

■CISMOR講演会「東西間のイスラーム・カリフ制 −歴史的考察と現在の展望」と題されたシンポジウム(2011年3月12日)
における内藤正典さんの発言(下記ビデオの20:40~37:25)。
http://www.youtube.com/watch?v=KhtSTIyTKkg&feature=youtu.be

ここでは31:45頃からの内藤発言を書き起こしておきます。

「最後に指摘しておきたいのは中東の一連の一連の暴動(引用者注:内藤さんは「アラブの春」の評価は「革命」か「暴
動」かいまだ定まっていないとしてとりあえずの表現として「暴動」という表現を用いています)をどういうふうに見るかと
いうことと関わるんですが、いま、現状、日本で報道されている、日本のジャーナリストもそうですし、欧米もそうなんです
が、あれをイスラムと絡めて報道するのを極力避けています。ツイッターとかフェイスブックとか非常にモダンなツールを
使って、ほら、タリール広場で騒いでいる若者たちを見てみろ、と。アイツら全然宗教色ないじゃないか、と。だが、ああ
いう言い方って気をつけた方がいいと思うんですが、あれはアメリカの期待がすでに刷り込まれていますよね。アメリカ
はああいう民衆の運動がろくでもない独裁者を倒すのはいい。だけど、あれがイスラムに傾いちゃ困るとやっぱり思っ
ているんです。だから、宗教色のなさそうな若者がツイッターやフェイスブックを使って倒したところにデモクラシーのあら
たな潮流ができた、ととりたいものだからそういうふうに報道するんです。日本でも中東民主化ドミノと言っている記者が
いますけど私は違うんじゃないかと思います。むしろ、ろくでもない独裁者に対して反抗するっていうのは、もともとイスラ
ム教徒の頭の中にはあったことなんで、なにもフェイスブックを使おうがろくでもないものはろくでもないんです。で、その
結果として次なんです、問題は。エジプトも結果的に軍が政権とっちゃいましたよね。見方によっては民衆が反乱を起こ
した結果、軍はやすやすとクーデターを起こしたともとれるんです。もっと冷静に見なきゃいけない・・・」

ひとことでいえばm」内藤さんは上記で「暴動」の根源はイスラーム人の「怒り」であることを指摘しています。「IT革命」云
々以前の問題だ、という指摘です。

内藤正典さんのTwitter発言(2014年10月23日)から。
https://twitter.com/masanorinaito

(「イスラム国」という呼称、カギ括弧つきでも大いに抵抗があります。ほとんどすべてのムスリムたちは困っている、とい
うより怒っているはず。テロ組織がキリスト国とか仏教国と自称 した場合を考えれば分かります。報じる時は初出から
略称(IS等)にするとか、そろそろ考える時期です」という問題提起に応えて)

「確かにムスリムも迷惑でしょう。しかし、これは「穏健な」ムスリムたちが、これまで西洋の衝撃以来、西欧近代国家、
言い換えれば領域国民国家とイスラームを無理に接ぎ木しながら近代化したイスラームを演じようとして失敗したことが
原因。イスラーム国はそのいびつな所産。いまだに近代化したイスラームとか、西洋の価値に適応したイスラームを信
じようとするムスリムはいるが、逆に、それでは立ちゆかないとイスラーム復興に再覚醒したムスリムもいる。

後者の中からカリフ制の再興を説くムスリムも現れた。このこと事態は、何ら異常なことでも断罪すべきことめもない。
問題は、イスラームという「神の法」の体系と、我々が信じる憲法を頂点とする「人の法」とは共約不可能な、パラダイム
を異にする体系であることを西欧社会が認識できないことに端を発している。「今更、イスラーム法の体系に従うなんて
時代遅れ」という認識はムスリムにも根強い。しかし、実は時代遅れなどではないのでは、と思うに至るムスリムが増え
てきたのである。

ヨーロッパ各国は、世代が変わった後にスカーフやヴェールを着用するムスリムが増えたことに苛立ち、彼らがまるで
迷妄の闇に吸い込まれたかのように軽侮する。ヨーロッパ社会は。この現象を完全に誤読したのである。だからこそ、
イスラーム国に参加する若者を単純に過激な説教師に洗脳されたと考えようとする。そういうケースもある。しかし、根
本的には、彼らはもはや西欧近代国家からも、その価値の体系からも離れたかったのである。それが極端なサラフィ・
ジハーディストのイスラーム国だったのは不幸なことだが、逆に、もっとマシな形でのイスラーム国(固有名詞ではない)
を建てる努力を怠ったムスリム諸国の指導者と官製のウラマーに堕落したイスラーム指導者たちの責任だろう。トルコ
は完全な領域国民国家だが、いまのようにエルドアン大統領の権威主義体制がひどくなる前には、一時、領域国民国
家の息苦しさから脱したいというムスリムの意志を体現した国にしようとしていた。

そもそも、PKKとの和解も、当初は、「民族概念も民族主義も」西欧がもたらした。みなムスリムの兄弟じゃないか、とい
う与党側の主張が基底にあった。それまでの国家主義者やトルコ民族主義者は、断固としてPKKとの和解を拒んでい
たし、それ以前にはクルドの存在さえ否定していた。国民国家の「国民」部分について、少なくとも、トルコ民族の国で
あるべきという主張を後退させるうえで、イスラーム主義が役割を果たしたことは間違いない。しかもそのプロセスで、
軍による政治介入を抑え込み、民族主義を体現する軍がマイノリティを抑圧する構造にも終止符を打たせた。突き詰
めていえば、イスラームと西欧近代とは、類似する価値も持っているけれど、全く相いれない価値も持っている。別に、
ヨーロッパのムスリムは、何とか自分の信仰実践と自分が暮らす領域国民国家の折り合いをつけようともがいた。

しかし、スカーフを着用しているだけで何の悪意もないムスリム移民にヨーロッパは、どう接したのか?スカーフを引っ
張って取ろうとしたり、唾を吐いてテロリストは国へ帰れと罵声を浴びせなかったとでもいうのか?日常生活のなかで、
そういう目にあうことは、ハラスメントでではないのか?ヘイトスピーチではないのか?そう。知識人たちは言っていた。
スカーフを被る女性は、まだ啓蒙されていないと。

最初にフランスでスカーフが問題となったのは1989年。パリ郊外のクレイユでムスリムの女子生徒がスカーフを被って
登校しようとして、校長がそれを脱がせたことが発端。そのころはまだ今ほど反イスラーム感情はひどくなかった。社
会党の政府は「彼女たちに無理やりスカーフを脱げと命じて、学校に来なくなると教育の機会を奪うことになる」として
スカーフを脱がせることを強制しなかった。だが、反ラシスムの団体さえ「彼女たちにとって唯一の啓蒙の場が公教育
だ」と主張していたのである。啓蒙することでスカーフを脱がせる。なんと馬鹿げた言説かと私は思った。被っている当
人に聞けば、スカーフが十字架のような宗教的シンボルなどではないことがすぐに分かったはずである。にもかかわら
ず、当時は誰もスカーフを着用している女性たちの声を聴こうとしなかった。いまは、公教育での着用禁止法、公共の
場でのブルカ禁止法の施行によって、ますます彼女たちを疎外しているのがフランス社会。いったい、だれがブルカな
んて被っているのか?スカーフを着用している女性は、覆っている部位が政敵羞恥心の対象だから被るのであって、
イスラームのシンボルなどではありえない。フランス共和国は国家をあげてセクシャルハラスメントをしている自覚を
持つべきだ。欧州評議会の場で、私はこう主張したが、私の意見は一蹴された。

ベルリン市の移民問題のオンブズパースン事務所で聞いた話。ムスリム移民の学校教育で90年代によく問題にされ
たのが、ムスリムの女子生徒が男子との共修の水泳の授業に出ないという話。これも、イスラームの問題、ムスリム
の問題とされていた。ムスリム移民団体はこう言っていた。「別に水泳の授業が嫌だと言っているのではない。男女共
修が嫌なのである。男女別々に水泳の授業を設定すれば済む話なのに」後に、ベルリン市は、市営プールで女性専
用の日を設けたと聞いた。ムスリム移民団体はこう言っていた。「別に水泳の授業が嫌だと言っているのではない。
男女共修が嫌なのである。男女別々に水泳の授業を設定すれば済む話なのに」後に、ベルリン市は、市営プールで
女性専用の日を設けたと聞いた。対立するようにもっていこうとするのか?対立を回避するようにもっていこうとする
のか?無理だとはわかっているが、ヨーロッパ各国の社会は、胸に手を当てて考えてほしい。イスラーム国に吸い寄
せられる若者を出したくないのなら。」


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/

From: uchitomi makoto
Sent: Monday, October 27, 2014 10:58 PM
To: 内富一
Subject: [CML 034693] 論説紹介:なぜ今、「イスラム国」なのか 若者の閉塞感とIT革命
本日読んだ記事の中で興味深い分析でした。

かつてスペイン内戦における「国際旅団」のように、「国際義勇兵」は反ファシズムのような進歩的な陣営に共感する若者たちでした。いまや、「イスラム国」のような反動的なイスラム原理主義(ジハディスト=イスラム聖戦主義者、大部分のイスラム教徒の中でもアメリカにおける「ネオコン」のような異端的な潮流)の陣営に取り込まれています。それがなぜなのか、若者がなぜ「イスラム国」に自らの「居場所」を見出すのか、興味深い分析であると思いました。翻って民主主義的・進歩的陣営がこうした若者をどう結集させるのかが問われているともおもいました。


なぜ今、「イスラム国」なのか
若者の閉塞感とIT革命 本社コラムニスト 脇祐三

2014/10/27付日本経済新聞 朝刊
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO78899180V21C14A0TCR000/

シリアとイラクで支配地域を広げた過激派「イスラム国」の脅威が、国際情勢の焦点になっている。中東では若年層の失業が深刻だ。欧米では移民社会をめぐる摩擦が強まった。情報通信革命に伴って、宗教と個人の関係も変わりつつある。こうした変化が若者の行動に及ぼす影響から、今なぜ「イスラム国」なのかを理解する手掛かりが、ある程度は得られるだろう。

  イスラム社会は概して出生率が高い。1970年に1億2000万人だったアラブ連盟加盟地域の人口は今、3億6000万人。アジアでもパキスタンの人口は6000万人弱から2億人弱に、インドネシアは1億2000万人から2億5000万人に増えた。

日本と対照的に若年層が膨張し、上の世代と下の世代が同数になる中央年齢はだいたい20歳代だ。日本でも学生運動が広がった60~70年の中央年齢は25~29歳だった。反体制運動の波は社会の若さとも関係する。

日本の学生運動は、反帝国主義や階級闘争のイデオロギーの衣をまとった。だが多くの若者が非日常の運動に飛び込むきっかけは、既存の秩序への反発や大人が当然視する人生のレールへの拒否感だったろう。

イスラム世界では、植民地支配から脱するバネになった民族主義が風化し、社会主義も求心力を失った。イスラムが唯一、広範な影響力を持つ反体制運動のイデオロギーとして残ったと言ってもいい。

中東・北アフリカは世界で最も若者の失業率が高い地域だ。大学に進む比較的めぐまれた若者も、学校を出たら職がない現実に直面する。不満を抱き、閉塞感にとらわれる若者に、「社会がおかしいのは、政治指導者や社会制度がイスラムの教えに従っていないからだ」とアピールすれば、かなりの訴求力がある。

イスラム世界では、この30年あまりの間に宗教意識の覚醒が進んだ。たとえばエジプトでは、自発的にスカーフをかぶる女性が増えたと実感する。欧米の移民社会でも、同様な現象が見られる。イラン生まれの米国の宗教学者、レザー・アスラン氏は「グローバル化の中で民族や国籍の違いの意味が薄れ、宗教が最も強い帰属意識のよりどころになった」と指摘する。

一方、欧米ではグローバル化への反発と重なり合うようにイスラム教徒を嫌悪する空気が広がり、2001年の米同時テロの後にその傾向は強まった。08年のリーマン・ショックの後、欧米でも若者の失業が増えた。差別されているという意識や疎外感も加わり、自分が生まれ育った社会の中に居場所がないと感じるイスラム教徒の若者は多い。

中東でも欧米でも、ほんとうに生活に困り果てている状態の若者には、外国に渡って戦闘員になるような余裕はない。裕福な家庭に育った高学歴の若者が多いのも、イスラム過激派の幹部クラスの特徴だ。

「個人の未来は開けていても、彼らが感じるイスラム教徒コミュニティーの屈辱感や痛みが消えるわけではない」「若者たちが過激になるのを理解する最良のツールは、神学ではなく心理学」。著名な心理学者で米政府のテロリズム分析作業にも加わっている米メリーランド大学のエイリー・クルグランスキ教授は、ロイター通信が最近配信した寄稿の中でこう解説した。

人間には、問題について明快な解を求め、曖昧さを嫌う欲求がある。迷いを断ち切りたい欲求から、あれこれ時間をかけて考えるのをやめ、行動を選択する。行動自体が目的だと感じると、プラスの感情がわく。心理学の認知や動機づけの理論は、「イスラム国」にひき付けられる若者にも当てはまるかもしれない。

「イスラム国」の戦闘員勧誘文には、「あなたが死ぬのは一度だけ。なぜ、それを殉教にしない」という文言もあった。米外交問題評議会のシニアフェローで中東専門家のエド・フサイン氏は「イスラム過激派は自分たちがノーマルだと考えている。神の期待に沿った活動をしていると信じるからだ」と指摘する。

過激派の宣伝やリクルートなどの活動の中心は、インターネットのサイバー空間に移った。IT(情報技術)革命は、イスラムのあり方も変える。

かつて若者は、最寄りのモスクの聖職者にイスラム法の解釈や行動の是非を尋ねた。今はサイバー空間に流布する多様な言説の中から自分の感覚に合うものを選び、それをフォローするようになった。

そう強調するアスラン氏は、活版印刷の普及がキリスト教の宗教改革を進めた歴史を踏まえて、(1)イスラムが急速に個人化し、既存の宗教権威が崩れつつある(2)現状を宗教原理の復古とみるのではなく、改革の過渡期と位置づけることもできる――と説く。

ただし、サイバー空間では、先鋭な言説が好まれがちだ。携帯電話やスマートフォンのツイッターのやりとりなどでは、字数が限られるから、ますます主張がとんがってくる。それが日常の中にいた若者にスイッチを入れ、非日常の空間にいざなうきっかけになるかもしれない。

世界のイスラム教徒のほとんどは穏健な宗教意識を保ち、日常の生活を続けている。その中で今なぜ過激派が台頭しているのか、イデオロギー以外の側面から考えることも必要だ。



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