[CML 034635] 「イスラーム国」、あるいは「イスラーム」問題 ――本質的ではないけれども本質的な中田考さんと池内恵さんのイスラム学科の先輩・後輩論争。「学問」と「宗教」の自由について

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 10月 24日 (金) 18:03:04 JST


「イスラーム国」北大生渡航問題でいまや「時の人」となった感のある中田考さん(元同志社大学教授。イスラム法学)と池内
恵さん(東京大学准教授。イスラム政治思想)は東大文学部イスラム学科の先輩(一期生)と「一回り下の後輩」という間柄の
ようです。その先輩と後輩の間柄の中田さんと池内さんが「イスラーム国」、あるいは「イスラーム教」問題をめぐってちょっと
した論争をしています。いま、ちょっとした論争と述べましたが、ちょっとした論争でも「イスラーム」問題を理解するための本
質的な問題が孕まれているように思います。興味深い論争ですので下記に転記して、ご紹介させていただこうと思います。

先に自身のフェイスブックというグラウンドで論争をしかけたのは(ご自身にその意図がなかったとしても)池内恵さん。以下
のとおり。

「イスラーム国」に関連して、またも朝日新聞で中田さんが登場。宣教活動フル回転ですね。近代社会を成り立たせる自由
で平等な規範の根拠には自由主義がありますが、イスラーム教はその自由主義の重要な部分を否定しています。そのよう
な思想・信条を信じ・語る自由を自由主義は認めます。ただしある制限の中において。 


こういった当たり前のことを、なぜ西欧政治思想が専門の先生方は発言しないんだろう? 当たり前すぎて言ってもカッコ良
くないから? また、西欧諸国でのイスラーム教徒のへの「迫害」とされる制限についても、一部にはもちろん差別や偏見や
格差の問題がある可能性があるが、自由主義の基本的規範をあからさまに認めない人々が出てきたからそれを規制する
動きが出てきているということを、なぜ考慮しないのだろう。思想研究者としても、西欧地域研究者としても、失格なんじゃな
いか。そもそも西欧政治思想研究者は地域研究者という意識がないから、テキストだけ読んでいて、それがどう現実社会
の規範として生きており刷新されているかを忘れがちなのではないか、と思う。

中田さんは、もともと「人間が考え出した自由なんて意味ない、神が下した正しい宗教を信じる自由の方が優越する」という
立場なんだからそれはそれで信仰の自由なのでいいのですが、西欧政治思想で飯を食ってきた人たちは、ちゃんと挑戦を
受け止めないと駄目だよ。私のように西欧政治思想の自由主義の潮流については教養課程のゼミで読んだだけの人間が
なぜ論じないといけないのか。もちろん私が書いているのはごくごく基本的なことです。「基本的なことに過ぎない」とか言わ
ないでね。オタク的卓越性を競っている場合ではないのである。というか肝心な時に発言できない研究者って何?

以下、省略。全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1042.html


東本高志@大分
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http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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