[CML 034414] Re: ものを見る「まなざし」の問題について ――辺見庸「日録」の言葉と澤藤統一郎さんの「憲法日記」の言葉と内藤正典さんの「Twitter発言」の言葉に関して

Maeda Akira maeda at zokei.ac.jp
2014年 10月 11日 (土) 10:47:50 JST


前田 朗です。

10月11日

東本さん

辺見さんと澤藤さんの言葉の紹介ありがとうございます。

あんまりくだらない事件なので発言する気もありませんでしたが、辺見さんが批
判しているように、この国の 政府とメディアの馬鹿騒ぎには呆れるので、一言
くらいは表明しておこうかと思い直しました。

まず、ソウル地検の愚かさは言うまでもありません。起訴など論外。表現の自由
とは何かを知らずに「表現の 自由を守れ」と叫ぶおバカさんが世の中に溢れる
ほどいることを知っておくべきです。ジャーナリズム精神なきマスコミ屋たちです。

ソウル地検はこう言うべきでした。


「イエローペーパーのパパラッチなど相手にしない。起訴に値しない」。





> はじめに韓国の検察の産経記者起訴問題に関しての辺見庸(作家)と澤藤統一
> 郎さん(弁護士)の「クリティーク(批 評)」に関し
> ての私の若干の感想。
>
> 私のここでの感想の対象の言葉は辺見庸(作家)と澤藤統一郎さん(弁護士)
> の以下の言葉。辺見庸も澤藤統一郎さんも内容
> 的にはほぼ同じことを言っています。にもかかわらず、私は、辺見庸の言葉の
> 側を支持します。それはひとことで言えば澤藤弁
> 護士には失礼ながら、言葉の「深さ」の違い、あるいは「まなざし」の違いと
> いうことになるでしょうか。辺見庸(作家。元共同通信
> 記者)の言葉にはこの国のジャーナリズムに対する激しい憤りの思いを私とし
> て感受することができるのですが、澤藤弁護士の
> 言葉はスマートすぎてそうした激しい思いを感受することができないのです。
> その違いはどこから来るか。おそらく私は「苦労」の
> 違いだろうと思っています。「苦労」とは幼稚で雑な言葉ですが、ここでは私
> は「思想上の苦労」という程度の意味で遣っています。
> 澤藤さんの言葉はスマートですが、辺見の言葉は彼のヘソ曲がりということも
> 含めておおいにねじれています。一筋縄ではいき
> ません。そこに私は辺見の「苦労」のようなものを感じるのです。辺見は共同
> 通信の記者をやめた後、いっとき山谷で働いてい
> ました。そのときお連れ合いとも別れています。そんなこんな・・・・。
>
> 余話として次のことも書いておこうと思います。辺見の「日録」2014年9
> 月10日付けに「昨日悲しいことがあった」という記載が
> あります。それから辺見は「日録」上では26日間にわたって沈黙を続けてい
> ました。この「悲しいこと」とはわかれたお連れ合い
> の死ではなかったか、と私はひそかに思ってきました。しかし、まったく当
> たっていないかもしれません。そうであれば、私は、人
> の生死を想像で述べたことについて深く陳謝しなければなりません。それでも
> 記しておきたかったことです。私の直観として。お
> 詫びはいくらでもするつもりです。
>
> 以下、省略。全文は下記をご参照ください。
> http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1023.html
>
>
>
> 東本高志@大分
> higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
> http://mizukith.blog91.fc2.com/



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