[CML 035074] 朝日、毎日のいう「野党」には共産党は含まれないのか ――政治はメディアによって脱臼させられ続けている。マスメディアの歪んだメディア・フレームによるまたしてもあらたな第3極待望論

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 11月 20日 (木) 21:57:22 JST


昨日、いわゆる「第3極」の政党の草分け的な存在であったみんなの党の解党が決まりました。「第3極」の政党は一時は大ブームと
なって、雨後の筍のように次々と結成されてゆきました。維新の党、生活の党、新党改革、太陽の党、新党大地、日本未来の党、新
党きづな、減税日本・・・・。みんなの党の解党はそうした政治的な「第3極」の時代の終わりを告げる象徴的なできごとといってよいで
しょう。

みんなの党の解党が必然的ななりゆきであったことは、「第3極」政党は所詮は当選目的の寄せ集めでしかなく、共同の理念などは
付け焼き刃のたぐいのものでしかなかったことからも明らかです。同党の総会で解党決議を提案した議員は「党内は与党路線、野党
路線、第三極に割れている。これでは選挙を戦えない。それぞれの道を行くべきだ」と解党の辞を述べたそうです。そのことが「第3極」
政党としての同党には「理念」などもともとなかったことを端的に物語っています。

政治的「第3極」とは所詮そういうものなのです。しかし、その政治的な「第3極」を「希望の星」のようにもてはやしてきたのは米国流の
「2大政党」論を独自の価値観に据える日本のマスメディアの歪んだメディア・フレームによるものでした。発祥が米国であることからも
容易に推察できるように米国流の「2大政党」論は自由主義と民主主義の旗を守ることを名目にしたマッカーシズム(反共主義)を前提
にしたものです。日本のマスメディアは無批判に米国流のその「2大政党」論とともに米国流の反共主義をも継承しています。それが日
本のメディアの「2大政党」論です。したがって、「2大政党」論の変形としての日本のマスメディア独自の「第3極」待望論はそもそも「反
共」を前提としているのです。そうした理念的な瑕疵というべきものをメディアは吟味、検証することもせず、いままたマスメディアはあら
たな「反共」を基調とした「第3極」待望論をぶちあげています。だから、以下のような記事になるのです。参考として2本の記事を挙げ
ます。

1本目は朝日新聞の「(2014衆院選)野党候補一本化、成算は」(2014年11月20日)という記事。ご覧のとおり朝日のいう「野党」の中
には共産党は含まれていません。おそらくニュースソースは記事の内容からして民主党サイドからのもの。朝日新聞記事にはその民
主党サイドの視点への批判のまなざしはありません。というよりも、自ら民主党サイドの意見に同化しています。これでジャーナリズム、
ジャーナリストを名乗れるのか。信じがたい政治記者のセンスです。これは辺見庸のいうまごうかたなき「クソバエ」記者の記事です。

以下、省略。全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1069.html


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



CML メーリングリストの案内