[CML 034909] Re: 白井聡さん「護憲ではない、制憲を」論

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 11月 11日 (火) 19:41:03 JST


前田さん

私は白井さんの論を批判しているのははじめの1回だけです。後は前田さんの返信に対する私の論駁にすぎませんし、前田さん
の白井論の(1)から(5)のまとめのように私も白井論を読んでいます。すなわち、私は白井論を誤読しているわけでもありません。

前田さんは「白井さんは『革命』論など論じていません」と言いますが、白井さんの論の最後近くの「制憲権力とは革命権力にほか
ならない」という断定は、そこでいわれている「革命権力」とはなにを指しているのはよくわかりませんが、短いフレーズであるとは
いえともあれそこでは「革命権力」について論じているわけですから、そのフレーズは一般の「革命」論の謂ではないとしても、白井
流の「革命」論の陳述であることは疑う余地はありません。だから、私は、はじめに紹介した「引用者注」で「『制憲権力』(すなわち
白井氏が「制憲権力」と等号で表現している「革命権力」)をどのようなものとして想定しているのか? 必ずしも明らかではありま
せん。白井氏の論の最大の難点といってよいでしょう」と批判、忠告しているのです。 


上記の批判、忠告を白井さんの論の誤読によるものとは私は思っていません。

さて、前回の私の前田さんの返信への応答は以下のようなものでした。

    「憲法制定権力とは辞書によれば「憲法を制定し、憲法上の諸機関に権限を付与する権力」のことを言います。したがって、
    その「権力」は、権力が獲得「された」以後の段階での権力を意味します。一方、「革命」とはやはり辞書によれば「権力体
    制や組織構造の抜本的な社会変革が比較的に短期間に行われること」を言います。したがって、革命権力とは、権力を獲
    得「する」段階での権力を意味します。したがって、本来、「された」と「する」には根本的な差異があります。それをあえて
    「制憲権力とは革命権力にほかならない」と本来の「差異」であるべきはずのものを「等式」で表現しているのですから、表
    現者はその「等式」のなにゆえかを説明する義務が生じます。でなければ「論」にはなりえません。前田さんは「憲法制定権
    力は革命権力であるというごくごく当たり前のことを言っているだけですから」と白井青年を擁護しますが、「憲法制定権力
    は革命権力である」というのは「ごくごく当たり前のこと」ではないのです。」 


上記の応答はそこで展開されている論理の帰結として次のように続くものでした(さらに返信があれば続けようと思っていた論理
です)。

    白井青年は「制憲権力とは革命権力にほかならない」と「制憲権力」という概念と「革命権力」という概念を等号で結んでいる
    わけですから、必然的にその論はそこで述べられている「革命権力」とはなにかについて論を展開する論理的義務を負って
    います。そうであれば、そこで論じられる論はどういう形であれ「革命権力」について論じるという意味で一種の「革命」論にな
    らざるをえません。

前田さん

「白井さんは「革命」論など論じていません」などと言えますか? それこそ白井氏の論の必然的な論の展開としてなりゆかざるをえ
ないであろうところをよく読み得ていない「誤読」というべきでしょう。論の孕んでいる問題群を読みとることができないで字面だけを
丁々発止しても、それは論の半分しか読んだことにならないでしょう。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/

From: Maeda Akira
Sent: Tuesday, November 11, 2014 4:30 PM
To: 市民のML
Subject: [CML 034906] Re: 白井聡さん「護憲ではない、制憲を」論
前田 朗です。

11月11日

東本さん

お返事遅くなりました。

誤読に基づいていくら批判しても生産的な議論になりません。

白井さんは「革命」論など論じていません。


白井・金曜日記事は、(1)GHQが憲法改正を指示し、さらに日本国憲法草案
を作成して、その結果として憲法改正がなされたのだか ら、制憲という観点で
は<憲法制定権力を行使したのはアメリカ>であって日本国民とはいえず、
(2)日本国憲法の枠組みそのものがア メリカによって規定されたこと、
(3)それゆえ憲法解釈や法運用の現実もアメリカの手のひらの上にあること、
(4)それゆえ特に基地 と原発に関してはアメリカの意向に逆らえないこと、
(5)にもかかわらず、護憲派の論理は「中身がいい民主主義憲法だから日本国
憲法 は良い憲法だ」という論法で現実を隠蔽する機能を有していることを指摘
しているのです。制憲論はそのための概念として用いられていま す。東本さん
の独りよがりな「革命」論とは無関係です。

白井さんを批判するのであれば、「制憲」などの言葉尻を捉えて誤爆を重ねるの
ではなく、『永続敗戦論』そ のものの論理を批判するよう努力されるよう助言
いたします。

それでは、さようなら。



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