[CML 034903] 公文書・押収、内容、焼却、返還

朴エルエー futeisha at gmail.com
2014年 11月 11日 (火) 13:25:08 JST


紹介したウェブサイト
http://ianhu.g.hatena.ne.jp/bbs/26
「20.」をコピー

>米国が58年になって日本側に返還した接収文書の一つは、42年前半以前の陸軍文書。空襲を避けるため、東京都南多摩の
陸軍省地下倉庫に移してあったのを進駐軍が持ち帰った。返還後は、防衛庁防衛研修所(現在の防衛研究所の前身)戦史室が保
管・整理に当たり、現在に至っている。<

これも公文書にはこのように出ています。コピー

>Disposition of Japanese Documents

While the Japanese destroyed sensitive documents at the end of the war,
during the first half of 1942 the Imperial Japanese Army
relocated many of its records to an underground government storage facility
in the Minami Tamagawa suburb of Tokyo. The purpose
was to protect the documents from destruction by enemy air raids, but the
unintended result was that the records cache of an
estimated 7,000 cubic feet (18 million pages) fell intact into American
hands. The bulk of these materials, however, predate the
1931–1945 period specified in IWG guidelines.
Elsewhere in the operational areas of the Pacific and Southwest Pacific
Theaters, U.S. forces captured hundreds of thousands more
pages of Japanese military materials. The U.S. government returned all of
these documents to Japan beginning in the late 1950s.
Once back in Japanese hands, the Japanese government returned the records
to their respective ministries of origin; that is, the
Defense Agency received confiscated Imperial Army and Navy documents, the
Foreign Ministry diplomatic records, and so forth.
Before returning the confiscated documents, 5–15 percent were microfilmed,
at the expense of either the U.S. government or private
foundations. At least six major collections of Japanese-language materials
were microfilmed:<

敗戦近くの1945年の初め頃、陸軍は南多摩川郊外の地下に書類を移動し保管。
これは空襲による焼失を避けるため。
しかし結果的に約7000立法フィート(1800万書類)が米国の手に。
IWG{Interagate Working Group }によって1931年から1945年のものとして分類。
米軍は日本が展開した太平洋、太平洋南西域に関する数十万ページにわたる書類を確保
それらの書類は1950年代に返還された... ...

などとあり、すでに専門家の方などが公表しているかとも思いますが、自分で読んで書きました。紹介したウェブサイトも私根拠のない書き込み
ではないものとして参考にしています。
多分冷戦の時にうまく取り計らい返還してもらったのではないかと思います。このあたりはもう少し読んでみたいと思います。米国政府が犯罪証拠隠滅
に貢献にした事はよく覚えておきたいと思います。この点では中国で押収された書類も膨大で、一度行って直接見てみたいくらいです。
全てとはいかなくとも、本来このような書類は市民が大いに活用できるように、都合の悪い書類は置いて、「米国戦争情報局心理作戦班報告」→
(長くはないので読むと、都合良く解釈し広めるテキサス親父のような人もいますが、逆に軍関与の証拠がチラホラ見えて仕方ないのですが)
のような都合の良さそうに見えるものだけをリークさせていると言われないためにも公開して当然ではないかと思います。

以上。


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