[CML 034875] 白井聡さん(若手政治学者。昨年、『永続敗戦論』を発表し注目を集める)の「護憲ではない、制憲を」(週刊金曜日2014/11/07号)という論、あるいは書評を読む

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2014年 11月 9日 (日) 20:10:57 JST


週刊金曜日(2014/11/07号)に掲載された白井聡さん(若手政治学者。昨年、『永続敗戦論』を発表し注目を集める)の「護憲
ではない、制憲を」という論(矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』書評)を読んでみました。以下
は、弊ブログの「今日の言葉」(11月9日付)に掲載した私の関心に即した「護憲ではない、制憲を」の要旨紹介と私の読書感
想あるいは引用者注です。

「護憲ではない、制憲を」要旨:
確かに、戦後憲法には民主主義の原則や基本的人権の尊重やらが立派に書き込まれている。しかしそれらは決定的な局面
では必ず空文化される。なぜなら、権力の奥の院ーーその中心に日米合同委員会が位置するーーにおける無数の密約によ
って、常にすでに骨抜きにされているからである。つまり、この国には、表向きの憲法を頂点とする法体系と、国民の目から隔
離された米日密約による裏の決まり事の体系という二重体系が存在し、真の法体系は当然後者である。言い換えれば、憲法
を頂点とする日本の法体系などに、大した意味はないのである。官僚・上級の裁判官・御用学者の仕事とは、この二重体系の
存在を否認することであり、それで辻褄が合わなくなれば二重の体系があたかも矛盾しないかのように取り繕うことである。こ
の芸当に忠実かつ巧妙に従事できる者には、汚辱に満ちた栄達の道が待っている。(略)これまでの改憲・護憲陣営の多くが、
どれほど的を外した議論で堂々めぐりを続けてきたか、ということだ。そして、不毛な議論が続く限り、改憲でも護憲でもない、
民主制国家が必ず通らなければならない過程、すなわち制憲の問題は、視野の外に置かれる。このことはもちろん、永続敗
戦レジームの延命に寄与する。そして、制憲権力とは革命権力にほかならない。

引用者注:
白井氏は「制憲権力とは革命権力にほかならない」という「制憲権力」をどのようなものとして想定しているのか? 必ずしも明
らかではありません。白井氏の論の最大の難点といってよいでしょう。白井氏は八方美人の論を弔おうとするのであれば自ら
抽象論の愚に陥らないことでしょう。

私の読書感想の要点は上記に尽きていますからこれでおしまいということにしてもいいのですが、本来、同論は 矢部宏治さん
の『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』という新書の書評として書かれた論ですから、やはり同書の新刊案内
として書かれた週刊プレイボーイニュースの「日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは?」と題されたインタビュー記事で
の矢部宏治さんの発言についても私として少し気になったところも記しておきます。そして、その矢部さんの新書を評価する白
井聡さんとの関連性について少し気になった点についても。

以下、省略。全文は下記をご参照ください。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-1058.html


東本高志@大分
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