[CML 034782] 今日の言葉 ――“@TIME: Boko Haram says kidnapped girls are married off ”←言語道断。どこまでこういう人道に対する罪を重ねるのか。が、彼らの上に爆弾を投下すれば、必ず無関係の人を犠牲にする。

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 11月 2日 (日) 10:55:59 JST


「内藤正典Twitter」(2014年11月01日)から。
http://mizukith.blog91.fc2.com/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
“@TIME: Boko Haram says kidnapped girls are married off ”←言語道断。どこまでこういう人道に対する罪を重ねるのか。こう
いう残虐行為を抑止できるのはムスリム自身。ボコ・ハラムにせよ、イスラム国にせよ、あんな奴らはムスリムじゃないと言い
たいのはよく分かる。だが、本人達がそう名乗っている以上、罪はイスラーム法によって裁くべき。彼らの上に爆弾を投下す
れば、必ず無関係の人を犠牲にする。現状のムスリム諸国には、それができないことが最大の問題。ただし、彼らの蛮行の
罪を問うのであれば、同時に全く同様の蛮行を繰り返してきた米国とその同盟国やイスラエルの罪も問わねばならない。それ
をしない限り、ムスリム側には次々に同様の集団が登場することになる。イスラーム国にせよボコ・ハラムにせよ、勝手に、自
然発生的にイスラーム社会から涌いてくるきたわけではない。これほどおぞましい行為に及ぶ集団が出てくるのは彼らを取り
巻く環境と歴史が、このおぞましさの発生源だからである。オスマン帝国の600年に及ぶ統治でもバルカンのキリスト教徒やユ
ダヤ教徒を抹殺していない。納税義務を課した不平等下での共存ではあったが。インドも同様。イスラーム法よりスーフィー的
な要素を前面に出すことで多神教徒のヒンドゥとの共存を実現した。イスラーム法の典拠を変えることはできないが典拠から、
何を引き出すかによっては、ボコ・ハラムやイスラーム国の行った残虐行為を引き出さないことも可能である。イスラーム法を
逸脱したり、逸脱しないものの外の非イスラーム社会では決して容認されない行為を続けるならムスリム自身によって拒絶さ
れ滅ぼされることになる。だが、今のムスリム諸国は、欧米に媚を売り、自らの手で自浄する能力を失っている。このことは直
接にはムスリム諸国の責任だが、構造的には西欧列強の支配から今日の「グローバル化」に至るまでムスリムに膨大な犠牲
を強いたことの帰結でもある。キリスト教は世俗的な権力が教会に圧力をかけたことで教会が弱体化し、政治や暴力から遠ざ
かったが、イスラームには圧力をかける相手の教会が存在しない。組織がないのに抑圧しようとすると、圧力はすべてのムス
リムにかかってしまう。これも根源的な問題。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/



CML メーリングリストの案内