[CML 031552] Re: 自民党憲法改正草案のめざすもの(上原公子講座)

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 5月 26日 (月) 12:27:17 JST


佐藤さん

あなたの場合、失礼ながら、今回に限ったことではないのですが、なにを的外れなこと(「正義を押し付ける(?)ことが時には有
害になりうること」)を、それも今頃になって、おっしゃっておられるのでしょう?

ここで私が論じているのは「私たち人間」一般のことではありません。すでに前便で述べていることですが、私が論じている上原
公子女史は前々回の東京都知事選の際に宇都宮選対の選対本部長という重要な役割を担った「公の人」です。適切な解説が
見当たりませんのでwikipediaの解説を引用しますが、公人には狭義と広義の意味があって、広義の公人には「政治運動家など
の政治に関与している人物」も含まれます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E4%BA%BA

上原公子さんは前東京都・国立市長であり、数年前には社民党の参議院候補者にもなりました。いまは「民間人」ですが、宇都
宮選対の選対本部長というのは上記の意味で立派な公職というべきですから「民間人」でも「公人」と判断されるべき人です。公
人はその性格からして市民の保持する「批判権」(言論の自由)の対象ともなります。公人の範囲、市民の公人批判の権利につ
いてはたとえば「月刊ペン事件」に関する最高裁第一小法廷判決(1981.4.16)などをご参照ください。
http://www.koukyukai.com/koukyu/2002/koukyu_2002_3.pdf

「公人」的位置にある人の批判と「私たち人間」一般の相互批判のあり方の問題を同列に論じてはいけません。「的外れ」とはそ
ういうことを言っています。

また、この問題は、昨年の東京都知事選前の2013年12月21日から同都知事選告示前日の2014年1月22日まで澤藤統
一郎弁護士によって33回に渡って問題提起され続けてきたことであり、私もこの問題については本メーリングリストに31本の
記事を発信し、問題提起し続けてきています。「今頃になって」とはそういうことを言っています。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/


From: Sato Keyko
Sent: Monday, May 26, 2014 10:19 AM
To: 市民のML
Subject: Re: [CML 031541] Re: 自民党憲法改正草案のめざすもの(上原公子講座)

東本高志さん


山梨の佐藤です。


私たち人間は、誰でも失敗はするし弱点もあります。

人を批判する場合、その人を知っているのであれば、直接「私はこう思う」と相手に対する思いを

伝えることがベターですが、知らない人の場合(名前だけ知っている人も含む)どうしても

MLなどで意見を伝えることになります。その場合一度「自分はこう思う」と伝えれば 



後は、その意見をどう解釈するかは、言われた人に判断を任せるしかないと

思います。


ちゃらんけさんが言うように、同じ目的を持っている者同士なのだから、お互いに足りないところを

補い合って、私たちの命と人権を踏みにじろうとする人たちとどう戦えば良いのかについて

神経を注ぐべきではないですか?


同じ目的の人たちが、少しの失敗(?)を一度でもしたら、立ち上がれないようでは

お互いに痛手です。そういう意味で、人を批判しすぎないことも必要ではないですか。 



私はそう考えます。すべて意見が合わなくとも、その行為が人権侵害を伴わなければ

共闘はできるのですから。


正義を押し付ける(?)ことが時には有害になりうることもあるのではないか。

批判は必要です。相手を高めるためにも。そういう批判ができれば素晴らしいですけど。 



若干の感想です。






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