[CML 031449] 【「グローバル累進課税」を提唱】ピケティ『21世紀の資本論』はなぜ論争を呼んでいるのか

uchitomi makoto muchitomi at hotmail.com
2014年 5月 21日 (水) 04:46:18 JST


ATTAC的に重要な本ですね。



齋藤精一郎「世界経済の行方、日本の復活」
ピケティ『21世紀の資本論』はなぜ論争を呼んでいるのか
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20140519/397924/?ST=business&P=1

2014年5月20日 

 春の珍事なのでしょうか。フランスの経済学者トマ・ピケティの大著『Le capital au XXIe siècle』の英訳『Capital in Twenty-First Century』(21世紀の資本論)が3月米国で発売されるや、米アマゾンで売上ランキングのトップに躍り出ました。ニューヨークタイムズ紙のベストセラー欄に掲載されたほか、国連での講演や米財務長官との会談など米欧の言論界の話題をさらっています。

世界は「第2のベルエポック」に入った?

 ハードな経済学専門書であるにもかかわらず、一般読者を巻き込み、ピケティは一躍ロックスター並みの扱いになるという異例の事態で、そのインパクトは世界に広がっています。この21世紀版『資本論』は、新しいマルクスの出現を意味するのでしょうか。ピケティはまだ日本ではそれほど注目されていませんが、その世界的影響力を考えると、今後、日本国内でも大きな話題となることは間違いありません。

 ピケティの主張を一言で結論すると、現在は「第2のベルエポック」に入っているということになります。ベルエポック(フランス語でBelle Époque、良き時代という意味)とは、19世紀後半から20世紀初頭のヨーロッパ、特にパリにおいて華やかで平和な時代が開花したことを指します。クリミア戦争や普仏戦争の後、第一次世界大戦が起きるまでの間は、ヨーロッパでは珍しく大きな戦争が起きませんでした。

 同時期に南北戦争の後遺症を修復した米国でも華やかで平和な時代が開花し、「金ぴか時代(Gilded Age)」と呼ばれました。フランスではエッフェル塔が完成し、印象派が起こりました。米国ではT型フォードが誕生し、ロックフェラーが台頭しています。この時代は文化が爛熟した一方で、富(資産)と所得が一部の階層に集中し、不平等が非常に拡大した時代でもありました。

200年以上に及ぶ膨大な税務統計から分配の不平等を跡付け

 ピケティの功績の一つは、過去200年以上の期間について欧米の膨大なデータを分析し、ベルエポックにおける所得と富の集中、分配の不平等を統計的に跡付けたことです。そのうえで、現代、とくに1980年以降の欧米は「第2のベルエポック」に入っていると指摘しています。

 米国の経済学者ポール・クルーグマンもピケティ本の書評において、「欧米は間違いなく第2の金ぴか時代に入っている」と同調し、この本は人々のものの見方と既存の経済学に根本的な転換を迫るものと絶賛しています。ピケティの主張は、米国のリベラルを中心とした知識層に急速に浸透しつつあります。

 ピケティ本の影響は大きく、すでに「ピケティ革命」とか「ピケティ現象」などと呼ばれるようになっています。最大の特徴であるデータ分析については、英米の経済学者の協力を得ながら、所得と富の分配関連のデータを税務統計から導き出したことが目を引きます。

 税務統計というのは、資産家や高所得者のことをよく把握しています。というのも、税務当局は少しでも多く税金を取りたいからです。

 ピケティは膨大な税務統計を集めて、それを加工・分析し、200年というスケールで具体的な数値を大量に用いてに不平等の実態を明らかにしました。そこが観念論的なマルクスとは大きな違いです。ピケティ自身、インタビューのなかで「マルクスとはまったく違う。彼の資本論(『Das Kapital』)は難解きわまりなく、私は真面目に読んだことがない。まったく彼の影響を受けていない」とはっきり述べています。

1980年以降、所得格差は再び拡大している

 さまざまなデータ分析のなかでも目を見張るポイントは、所得格差と富の集中の拡大と縮小、そして再拡大という流れを100~200年の時間軸で実証的に追いかけたことです。ベルエポックで広がった所得と資産の格差は、第一次世界大戦から1970年代までの間に縮小します。しかし、1980年以降、これら格差は再び拡大して100年前の状態に近づいているというわけです。

 また、ピケティは分配の不平等度を既存の経済学が頻繁に使う、ジニ係数という、一般の人々には難解で抽象的な統計概念に代えて、所得階層別、資産階層別の比率で誰にもすぐ分かる形で表示しています。

 具体的に見ていきましょう。米国の上位10%の所得階層が国全体の所得に占める割合を見ると、1910年には約50%でした。その比率は次第に減少し、第二次世界大戦後は30%程度にまで下がります。ところが2010年には、再び50%ほどへと大きく上昇しています。

 富の不平等についてはどうでしょうか。1910年には、上位10%の富裕層が国全体の富の80%を占めていました。大戦後にその比率は60%程度にまで減少しますが、2010年には再び上昇して70%近くになっています。

 こうした不平等拡大の背景には、資本対所得比の上昇があります。これは、国内総生産(GDP)に対して国民全体が持っている資本蓄積(総資産)の割合です。1910年には、資本対所得比は約700%の高い水準でした。それが戦後、戦災による設備や家屋、インフラの損耗などもあり、200%程度にまで下がります。それが2010年には500~600%へと増加しているのです。

 資本対所得比が上昇しているということは、蓄積された資本が投資などでうまく回れば、資本所得(企業収益、配当、賃貸料、利息、資産売却益など)が増えるということを意味します。つまり、富を持つ者はそれだけ大きな所得を得て、ますます豊かになっていきます。

資本収益率と経済成長率の乖離を指摘

 ピケティは資本対所得比の上昇についてさらに経済理論的に深掘りして、資本主義の基本特性として、資本収益率(r)と経済成長率(g)の乖離を実証的に明らかにしています。資本収益率とは、投下した資本がどれだけの利益を上げているかを示します。経済成長率はGDPがどれだけ増えているかです。

 歴史的に見ると、戦後の一時期を除いて、資本収益率は経済成長率を上回っているというのがピケティの注目すべき指摘です。つまり、「r>g」という不等式が基本的に成り立つということです。

 gの増加は中間層や貧困層を含めた国民全体を潤しますが、rの増加は富裕層に恩恵が集中します。gよりもrが大きい期間が長くなればなるほど、貧富の格差は広がり、富が集中化していく。これがベルエポックと「第2のベルエポック」における格差拡大の真相ということになります。

 その意味で、rとgが逆転した1914~70年の約60年は画期的でした。戦後の人口増加や雇用増に直結する技術革新によりgが上昇したことで、不平等が是正されていきました。とりわけ第2次世界大戦後の30年間は「栄光の30年」だったと言えます。

目に見えない形で「世襲の復活」が進行

 では、どうして1980年代に「栄光の30年」は終わりを迎え、現在は再び資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回るようになったのでしょうか。その一因として、ピケティはロボットやITの活用を挙げています。

 ロボットやITの発達により人間は仕事を奪われ、賃金も増えず、消費も増えないため、GDP成長(g)も抑えられていきます。一方で資本はロボットやITによって労働コストなどを抑制し、資本収益率(r)を回復しているのです。

 そのうえでピケティは、世襲の復活について警鐘を鳴らしています。「第2のベルエポック」で大きな資産を築いた富裕層がその資産を子孫に継承することで、100年ぶりに世襲による階級が復活しつつある。しかもそれは、巧妙かつ目に見えない形で進行しているといいます。

 ピケティはそうした格差の固定化、さらに拡大を防ぐために、グローバル累進課税という制度を提言しています。まず、一種の富裕税をグローバルに創設して、年0.3%から最大で10%を資本に課税する。つぎに、年間所得50万ドル(5000万円)以上に対して、80%程度の税金(限界税率)をグローバルに取り立てるというものです。

保守派が反撃、だが21世紀政治経済学の最大のテーマ

 しかし、このグローバル累進課税構想は米国の保守派を刺激しました。「ピケティはマルキスト(マルクス主義者)だ」といった批判がわき起こっているのです。ただ、ピケティはフランス社会党のシンパではありますが、上述したように決してマルキストではありません。

 一方で、「所得を創出するのはそもそも資本ではないのか。累進課税でその資本を封じ込めたら元も子もない」という批判もあります。いまのところ、英国のエコノミスト誌をはじめ、この批判がもっとも多く、そして説得力のあるものとなっています。

 このように、ピケティにはいかにも社会党シンパらしいイデオロギーの臭いがしないこともありませんが、データに基づいたファクトファインディングについては率直に評価するべきだし、先進国を中心に世界で、いま所得と富の格差が拡がっている「21世紀的現実」に注視は怠れません。

 ピケティの主張・提言を引き続き検証しながら、政治的な分配問題を含めた議論を活発にしていくことが、21世紀の「政治経済学(political economy)」に課せられる最大のテーマになっていくはずです。

齋藤 精一郎(さいとう・せいいちろう)
NTTデータ経営研究所 所長、千葉商科大学大学院名誉教授
社会経済学者、エコノミスト
 1963年東京大学経済学部卒。63~71年まで日本銀行勤務。72~05年まで立教大学社会学部教授(経済原論、日本経済論担当)。05年~09年まで千葉商科大学大学院教授。
 2012年まで24年間、「ワールドビジネスサテライト」(WBS、テレビ東京系)のコメンテーターを務める。
 日経BPネットの特集サイト「常勝経営」に「デフレ突破のための『真の処方』は何か」全12回を連載(2013年1~6月)。
 主要著作は、近著に『デフレ突破 -第3次産業革命に挑む-』(日本経済新聞出版社、2012年12月)、『「10年不況」脱却のシナリオ』(集英社新書)、『パワーレス・エコノミー 2010年代「憂鬱の靄」とその先の「光」』(日本経済新聞出版社)など。翻訳書としてはジョン・F・ガルブレイスの『不確実性の時代』(講談社学術文庫)など。 		 	   		  


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