[CML 031352] Re: 【そのエネルギーをもっと他にも山積している問題へ】『美味しんぼ』描写に自治体が猛抗議

Maeda Akira maeda at zokei.ac.jp
2014年 5月 15日 (木) 16:56:42 JST


前田 朗です。
5月15日

益岡さん

ありがとうございます。

仰ることはよくわかります。

私の前回の投稿は単純化しすぎかもしれませんね。

科学者の社会的責任について、3.11以後、真摯に議論している科学者もいま
すが、

一時は姿を消していた無責任御用学者がまたぞろ権力とつるんで登場してきてい
ます。

ジャーナリストにしても、法学者にしても、どの分野にしても、専門家に問われ
る責任を果たしていない例が多すぎます。

高木仁三郎さんが唱えた「市民科学者」の意義をもう一度考えたいと思います。




> 内冨さん・前田さん・皆様
>
> 益岡です。
>
> 私は、内冨さん・前田さんのご意見には原則賛成ですが、池田さんのご意見には
> (誤解しているだけかもしれませんが、引用された部分を見る限り)賛成できません。
>
> この二つは大きく違うと思います。
>
>> 池田香代子さんの以下の意見に同感です。川内原発再稼動反対やその他差し迫った課題が山のようにあるのにこうした議論に血道をあげている人は他にすることがないのかと思ってしまいます。それと海外報道にあるようにこうした一漫画に政府やマスコミが総力を上げて食ってかかっている「異様さ」に違和感を感じない感性のほうが問題であると思います。福島からの移住者や現地に残っている住民の間の矛盾などきわめてセンシティブな問題であるとは思いますが、なぜ安倍政権が官房長官談話まで出しているのか、マスコミがここまで原作者を叩いているのかにこそ分析と批判を集中すべきなのではないでしょうか?
> 内冨さんがおっしゃるとおり、
>
> 「なぜ安倍政権が官房長官談話まで出しているのか、マスコミがここまで
> 原作者を叩いているのか」
>
> が問題というのは全くそのとおりだと思います。
>
> ただ、この点を共有したとき、池田さんがおっしゃるように鼻血の可能性
> をめぐる「科学的」問題は、
>
> 「そうかもしれないけどそうではないかもしれない迂遠な科学分野の議論」
>
> ではなく、政府が、認めたくない影響に関しては、
>
> (a) 既存の知識でわからないものは存在しないものと決め付ける、
> (b) 粘膜刺激の可能性という基本的なことを無視して封殺しようとする、
>
> という行為を「科学的」の名のもとに行なっているということにあること
> がはっきりします。
>
> それはすなわち、「なぜ安倍政権が官房長官談話まで出しているのか、マ
> スコミがここまで原作者を叩いているのか」という枠組みの中に「科学」が
> どのように悪用されているかの批判も含まれることになるということと思います。
>
> そして、実際のところ、鼻血についての「科学的」側面をめぐる議論はそう
> した枠組みを認識した上でなされていると思います。
> # たとえば、https://twitter.com/sivad 
> # 上記(b)はここからの引用です。
>
> これに対して、池田さんのように
>
> 「そうかもしれないけどそうではないかもしれない迂遠な科学分野の議論にこれだけのエネルギーを使うなら、そのエネルギーをもっと他にも山積している問題、福島だけでなく宮城岩手も苦しんでいる問題に使うべきでは、」
>
> というのは(「もっと他にも山積している問題」という表現に注目してください)、
> まさに内冨さんがおっしゃった
>
> 「なぜ安倍政権が官房長官談話まで出しているのか、マスコミがここまで
> 原作者を叩いているのか」
>
> とは似て非なる提案で、政府が官房長官談話まで出しマスコミが原作者を叩く
> のに「科学」という言葉も使っているという点を起点とした「科学的」議論、
> 広く「科学的」という言葉をでたらめに使って議論を封殺しようとしていること
> への注目からも目を背けることを促すものになっているように読めます。
>
> とはいえ、こうした点についてここで議論を展開するよりは、それぞれ、内冨
> さんがおっしゃった
>
> 「なぜ安倍政権が官房長官談話まで出しているのか、マスコミがここまで
> 原作者を叩いているのか」
>
> に分析と批判を集中する(この枠組みの中の「分析」のプロセスで「科学的」という
> 概念と現在の科学的知見は問題になりますが)のがよいと思います。
>
> 益岡



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