[CML 031142] Re: 辺見庸 「わざとらしさ」について ――やはり憲法記念の日に 「今日の言葉〜抜録〜」(5月3日)から

maeda at zokei.ac.jp maeda at zokei.ac.jp
2014年 5月 4日 (日) 15:15:01 JST


前田 朗です。
5月4日

東本さん

ご苦労様です。

以下の文章のどこまでが東本さんのもので、どこからが辺見さんのものか、わか
りませんが、趣旨には半分同意、半分不同意です。

半分同意というのは、朝日や金曜日に代表される「リベラル」や「良心的メディ
ア」が露呈している無残な崩壊状況について、です。そこには私たち自身も含ま
れるのですが。「リベラル」といっても、思想としてのリベラルではなく、相対
的な関係の中でややリベラルの位置にいた「リベラル」ですからメッキがはがれ
るのもやむをえません。

半分不同意というのは、佐藤優や田母神俊雄の起用についてです。私は彼らを起
用すること自体が問題だとは考えていません。起用の仕方が問題なのだと考えま
す。きちんと論戦するのであれば、起用する理由があり、評価できます。対話が
成り立っているのであれば、それにも意味があります。しかし、例えば金曜日が
佐藤優に長期的に連載を任せて、言いたい放題書かせている点は、辺見が批判す
る通りでしょう。

他にも、とりわけ最近は安直な両論併記に逃げるなど、編集部に見識のないこと
がうかがえることが目立っています。とはいえ、私は辺見のような形での批判は
しません。金曜日に代わるメディアを構想できていませんから。

私自身は、昨年、右翼・民族派の一水会の木村三浩さんとの共著『領土とナショ
ナリズム』において楽しく対話をしました。これに対して「右翼と一緒に本を出
すとはなんだ」といったたぐいの批判をいくつもお寄せいただきました。今年は、
元防衛庁防衛研究所の加藤朗さん(桜美林大学教授)との共著『闘う平和学』を
出しました。加藤さんから教えられるところが多かったと思います。これにも、
すでに強い批判をいただいていますが、「敵と一緒にやるな」というレベルのも
のに過ぎません。

対話できる相手、論争できる相手とは、今後も同様に向き合い、批判しあってい
くつもりです。差別と暴力に狂奔するザイトクとは対話の可能性がありませんし、
言葉への責任を放棄した反知性主義を相手にするのはうんざりですが。

ではまた。


----- Original Message -----
> 以下、辺見庸の5月3日付けの「日録15」の要約転載です。朝日新聞労組と週
刊金曜日が批判されています。
> 
> 同感です。
> 
> 誤解されるかもしれないのでこれまでこういう書き方はしなかったが、やはり
私の本音を少し記しておこう。
> 
> これらの新聞紙と週刊誌は少なくとも私を元気にさせない。しかし、明日死の
うかという思いに少なくとも弾みをつけてはくれる。
> 
> 人をここまで絶望に追いやっている、という自覚を朝日新聞という媒体に勤め
る記者と週刊金曜日という媒体に勤める編集者
> には少しは持ち合わせてほしい。
> 
> しかし、上記の私の気持ちを朝日新聞と週刊金曜日のせいだけにするのはやは
り公平を欠くだろう。
> 
> 「総転向時代」という現象が私をそうした絶望の淵に陥れるということ。
> 
> そういう思いに強くさせるということ。
> 
> 私の娘もメディアにつとめている。肝に銘じてほしい。
> 
> 
> 「わざとらしさ」についてしらべていた。(略)朝日新聞労組がけふ開催した
「言論の自由を考える5・3集会」のゲストに、道化師・
> 田母神俊雄がまねかれたのだとか。おなじ催し物に10数年前わたしも呼ばれた
記憶がある。「無変化の装いをまとった全面的
> 変化(崩ー壊)が起こっている」(ミシェル・ドゥギー「パニックの記――主題・
変奏・対位法」)ことはまちがいない。朝日新聞労組
> は「民主主義」をことさらわざとらしく演じてみせつつ、いわば「良心的に」
ファシズムを誘導している。反ファシズムに似せたそれ
> は、紛うことないファシズムの再演である。ほんらい恐怖をかきたてるべき
「微妙で相対的な差異」(ドゥギー)は消滅したのでは
> なく、怠惰で無知で傲慢なメディアのあんちゃん、ねえちゃんたちには、右も
左も、クソもミソも、さっぱり見わけがつかなくなった
> だけのことだ。朝日新聞労組員の多くや、週刊金曜日編集部*は、反ファシズ
ム運動にはかならずファシズムがまぎれこむこと、
> さらには、ファシズムはその身体に一見反ファッショ的なるものをすっぽり包
含して、はじめて強靭なファシズムになりうることを、
> あまりにも知らなすぎる。佐藤優や田母神はファシズムの永続のためにとても
有用である。いまいましいのは、死刑制度反対
> 運動までもが国粋主義者、佐藤を請じいれていることだ。亀井でも佐藤でも有
名ならだれでもいいということか。死刑反対運動
> も、その内部に、死刑を存続させることにつながるロジックと情動をもつにい
たっているのではないのか。堕ちたか?総転向時
> 代の幕開けである。(辺見庸「日録15」2014/05/03)
> 
>       *辺見庸の「日録15」の4月30日付けに「雨。帰りの車のなか
で、野中君から佐藤優というひとのことを聞く。数行し
>       か読んだことがないので言う資格を欠くが、いやなかんじ。一見
左翼的語法で国粋主義的思考をまぶしていることも
>       わからないのだから、「週刊金曜日」の担当デスクはかなりのバ
カだ。それでも売れればいいというのなら、「週刊金
>       曜日」は即刻解散したほうがよい。スキルがないだけでなく思想
もインチキなのだから、読者から信用されるわけが
>       ない」とあります。
> http://yo-hemmi.net/article/395766886.html
> 
> 
> 
> 東本高志@大分
> higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
> http://mizukith.blog91.fc2.com/ 
> 
> 




CML メーリングリストの案内