[CML 031140] 辺見庸 「わざとらしさ」について ――やはり憲法記念の日に 「今日の言葉~抜録~」(5月3日)から

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 5月 4日 (日) 09:38:48 JST


以下、辺見庸の5月3日付けの「日録15」の要約転載です。朝日新聞労組と週刊金曜日が批判されています。

同感です。

誤解されるかもしれないのでこれまでこういう書き方はしなかったが、やはり私の本音を少し記しておこう。

これらの新聞紙と週刊誌は少なくとも私を元気にさせない。しかし、明日死のうかという思いに少なくとも弾みをつけてはくれる。

人をここまで絶望に追いやっている、という自覚を朝日新聞という媒体に勤める記者と週刊金曜日という媒体に勤める編集者
には少しは持ち合わせてほしい。

しかし、上記の私の気持ちを朝日新聞と週刊金曜日のせいだけにするのはやはり公平を欠くだろう。

「総転向時代」という現象が私をそうした絶望の淵に陥れるということ。

そういう思いに強くさせるということ。

私の娘もメディアにつとめている。肝に銘じてほしい。


「わざとらしさ」についてしらべていた。(略)朝日新聞労組がけふ開催した「言論の自由を考える5・3集会」のゲストに、道化師・
田母神俊雄がまねかれたのだとか。おなじ催し物に10数年前わたしも呼ばれた記憶がある。「無変化の装いをまとった全面的
変化(崩ー壊)が起こっている」(ミシェル・ドゥギー「パニックの記――主題・変奏・対位法」)ことはまちがいない。朝日新聞労組
は「民主主義」をことさらわざとらしく演じてみせつつ、いわば「良心的に」ファシズムを誘導している。反ファシズムに似せたそれ
は、紛うことないファシズムの再演である。ほんらい恐怖をかきたてるべき「微妙で相対的な差異」(ドゥギー)は消滅したのでは
なく、怠惰で無知で傲慢なメディアのあんちゃん、ねえちゃんたちには、右も左も、クソもミソも、さっぱり見わけがつかなくなった
だけのことだ。朝日新聞労組員の多くや、週刊金曜日編集部*は、反ファシズム運動にはかならずファシズムがまぎれこむこと、
さらには、ファシズムはその身体に一見反ファッショ的なるものをすっぽり包含して、はじめて強靭なファシズムになりうることを、
あまりにも知らなすぎる。佐藤優や田母神はファシズムの永続のためにとても有用である。いまいましいのは、死刑制度反対
運動までもが国粋主義者、佐藤を請じいれていることだ。亀井でも佐藤でも有名ならだれでもいいということか。死刑反対運動
も、その内部に、死刑を存続させることにつながるロジックと情動をもつにいたっているのではないのか。堕ちたか?総転向時
代の幕開けである。(辺見庸「日録15」2014/05/03)

      *辺見庸の「日録15」の4月30日付けに「雨。帰りの車のなかで、野中君から佐藤優というひとのことを聞く。数行し
      か読んだことがないので言う資格を欠くが、いやなかんじ。一見左翼的語法で国粋主義的思考をまぶしていることも
      わからないのだから、「週刊金曜日」の担当デスクはかなりのバカだ。それでも売れればいいというのなら、「週刊金
      曜日」は即刻解散したほうがよい。スキルがないだけでなく思想もインチキなのだから、読者から信用されるわけが
      ない」とあります。
http://yo-hemmi.net/article/395766886.html



東本高志@大分
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