[CML 030467] 『アンネの日記』破損事件を日本社会の「かわいさの文化」の終焉の象徴と見る加藤典洋(文芸評論家)の視点

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 3月 26日 (水) 12:42:53 JST


文芸評論家の加藤典洋が米国のニューヨークタイムズ紙に日本での『アンネの日記』破損事件について「アンネ・フランクから
ハロー・キティーまで(From Anne Frank to Hello Kitty)」という一文を書いて寄稿しています。以下に掲げる加藤典洋の論は、マ
イケル・エメリック氏が日本語から英語に翻訳したものをさらに酒井泰幸氏が日本語に再翻訳したという経過をたどっているも
ののようです。

『アンネの日記』破損事件を日本社会の「かわいさの文化」の終焉と見る加藤の論はいかにも加藤らしい論です。サブカルチャ
ーと歴史的事実、あるいは小説や評論の創作を重層(シンクロナイズ)させて論点を立てるというのは加藤の執筆初期から一
貫している手法です。そういう意味では特に新鮮味のある論とはいえないのですが、『アンネの日記』破損事件自体は新鮮(最
近の事象)です。加藤の論は、当然、意味のある論点を提起しています。

その中で、加藤は、イスラエルのハアレツ紙に載った日本でのアンネ・フランクの人気を調査したフランス人ジャーナリストのア
ラン・リューコウィッツ(Alain Lewkowicz)氏の記事を紹介しています。説得力のあるニッポン人観察であり、現代ニッポン人へ
の問題提起だと思いました。

加藤典洋の問題提起ともどもアラン・リューコウィッツ氏の問題提起にも耳を澄ませていただければと思います。

以下、「Peace Philosophy Centre」ブログに掲載された「ニューヨークタイムズ『アンネ・フランクからハロー・キティーまで』」(加藤
典洋)。

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ニューヨークタイムズ「アンネ・フランクからハロー・キティーまで」(Peace 
Philosophy Centre March 25, 2014)
http://peacephilosophy.blogspot.jp/2014/03/new-york-times-from-anne-frank-to-hello.html

      加藤典洋によるニューヨーク・タイムズの論評を翻訳して紹介する。彼によれば、歴史と正面から対峙することを避
      け無害化する姿勢はハロー・キティーに象徴され、日本人はアンネ・フランクまでも「かわいい」化して受容してきた。
      日本の右翼団体がナチスの象徴を多用するようになってきたことは、日本社会に噴出した矛盾に対してこの「かわ
      いい」化がもはや効力を失ってしまったことの現れであると加藤は見る。 


>From Anne Frank to Hello Kitty
http://www.nytimes.com/2014/03/13/opinion/kato-from-anne-frank-to-hello-kitty.html

[前文・翻訳:酒井泰幸]

アンネ・フランクからハロー・キティーまで
2014年3月12日

加藤典洋

2月の末に、公立図書館の職員が、何百冊もの『アンネの日記』が破損しているのを見つけて警察に通報した。破れた本の
中で微笑むアンネ・フランクの引き裂かれた写真という、おぞましい映像が報道された。まだ犯人は特定されていないが[訳
注:原文発表当時][1]、器物損壊の続発は、1月に超国家主義団体、在特会のメンバーが集会でナチスの旗を羽織って行
進した頃から始まったように見える[2]。

日本の右翼がナチスの象徴を引っぱり出すのは新しい現象である。冷戦の間、彼らは憎悪をソビエト連邦と共産主義に向
けたが、最近では中国と韓国、そして次第にアメリカへと注目を移してきた。戦時中の日本同盟国の旗を打ち振るのは、右
翼が日本の帝国主義的な過去を遠回しに賛美する方法である。おそらく、図書館でのアンネの日記の破損は同じ感情の
表現だったのだろう。

私の見るところでは、これはもっと広い何かの兆候でもある。過去の数十年にわたり、日本は戦時中の歴史に正面から向
き合うことを避ける仕組みを作り上げてきた。そこでは、触れるには苦痛が大きすぎることがらを、純粋にきれいで、そして
無害なものにすることによって和らげてきた。それはつまり、「かわいく」することだった。しかしこの方法はもはや機能しなく
なっているように見える。

「かわいい」という言葉は、小さいとか愛らしいという意味だが、1960年代まで保たれていた旧来の権威主義的な父親像が、
当時の社会政治的風土の変化によって奪われてしまった1980年代に、「かわいい」は日本文化の特定の筋で中心的なも
のになった。何かを「かわいい」化するというのは、自分がその保護者になることで、対象を非敵対化し無力化する一つの
方法だった。1988年に一つの有名な例があった。高校生の少女が死期の迫っていた天皇裕仁のことを「かわいい」とコメン
トし、天皇の戦争責任を不問にしたと伝えられた。ハロー・キティーは、耳にピンクのリボンをつけた白い猫で、日本の「かわ
いい」文化を究極まで具現化したものである。彼女には背景がなく、口がない。歴史の呪縛から抜け出し、歴史について語
ることを止めたいという衝動を、彼女は体現している。

私が数年前に発表した「グッバイ・ゴジラ、ハロー・キティー」[3]というエッセイの中で、ゴジラは日本の戦没者の象徴であり、
忘却されつつあることへの怒りを吐き出すために帰ってきたのだと主張した。1954年に最初に作られたゴジラは恐ろしか
った。ゴジラは海から現れて、1945年に東京を空襲に来たB-29とほとんど同じ経路をたどり、まだ戦災復興の途上にあった
東京を破壊した。しかし50年で28本の続編が作られる間に、まずゴジラは多くの怪獣の中の一つに成り下がり、次に飼い
慣らされ、おどけた親ばかの父親を演じた。つまり、ゴジラは「かわいい」化されたのだ。

日本には、「かわいい」化されたアンネ・フランクもある。

1月にイスラエルの新聞ハアレツは、日本でのアンネ・フランクの人気を調査した記事を掲載した[4]。その記事はフランス人
ジャーナリストのアラン・リューコウィッツ(Alain Lewkowicz)氏へのインタビューをもとにしている。彼は「マンガの国のアンネ・
フランク」[5]という対話型のiPadアプリの作者で、これは写真や対話がちりばめられたマンガ仕立てになっている。アンネ・フ
ランクの物語は日本でいつも人気がある。しかし、彼女がホロコーストを公然と非難し、人種差別に反対する警告を発したと
知られているにもかかわらず、日本でのアンネ・フランクは「第二次世界大戦の究極の犠牲者を象徴」していて、アンネと同
じように日本人はアメリカによる広島と長崎への原爆投下の犠牲者だと多くの日本人が思っていると、リューコウィッツ氏は
主張する。日本は犠牲者なのであって「けっして加害者ではない」のだと彼は言う。

非常に多くの日本人、特に若い世代は、第二次大戦中に日本が行ったことについて驚くほど無知なので、日本人はこのヨ
ーロッパのユダヤ人との「犠牲者の親戚関係」を共有できるのだとリューコウィッツ氏は示唆する。リューコウィッツ氏がハア
レツ紙に書いたように、日本人は「自分の軍隊が同じ時代に朝鮮半島や中国で作り出した無数のアンネ・フランクたちのこ
とは考えないのだ。」

この主張には説得力があると私は思うが、ここにあるのはそれ以上のものだ。日本でのアンネ・フランクの受け止められ方
は、戦争に端を発する未解決問題を「かわいい」化するもう一つの例である。ハアレツ紙の記事が指摘したように、アンネの
日記は、本そのものの翻訳だけでなく、少なくとも4編のマンガ版と3本のアニメ映画を通して、日本での異常なほどの人気
を獲得した。そこで語られる物語の少女は、どこから見てもハロー・キティーと同じくらいかわいいのだ。

したがって、東京の図書館でアンネの日記が何百冊も破られた最近の事件は、日本のかわいさの文化が有効性の限界に
達したことを示しているのかもしれない。

第二次大戦での敗戦いらい日本の社会が抱え込んできた矛盾は、無視できないほど深くなった。日本のアメリカ依存が終
わる見込みはなく、日本が直面する諸問題に対する合理的な政治決着はありそうもないことを人々がとうとう認識し、ニヒリ
ズムの感覚が拡がりつつある。安倍晋三政権の反動的政策は、日本の民主主義が機能していないという感覚を強化してし
まった。我々が目にしたくないもの全てが突如として目の前に立ち現れてきた。

アンネの日記に対する醜い仕打ちについて何か前向きなことを言えるとすれば、日本社会が「かわいさ」に別れを告げて、
アンネ・フランクとその数え切れない姉妹たちの真の歴史に「ハロー(こんにちは)」を言うように促すかもしれないということ
だろう。
      
      加藤典洋は文学者で早稲田大学教授。この記事はマイケル・エメリックが日本語から英語に翻訳した[ものを、
      酒井泰幸が日本語に再翻訳した]。

      訳者による参考リンク

      [1] アンネは書いてないと主張=日記めぐり逮捕の男供述-書籍連続破損事件・警視庁
      http://www.jiji.com/jc/zc?k=201403/2014031400895&g=soc

      [2] 過激な反中デモに非難殺到!デモ隊がナチス党旗を羽織り、「ジーク・ハイル」と叫ぶ!HP上に「ナチ党旗・ハ
      ーケンクロイツは認めます」との記載も!
      http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1623.html

      [3] Goodbye Godzilla, Hello Kitty - The American Interest 加藤典洋 
 2006年
      http://www.the-american-interest.com/articles/2006/09/01/goodbye-godzilla-hello-kitty/

      [4] 戦争被害者として共感?『アンネの日記』日本で人気の理由 イスラエル紙が分析
      http://newsphere.jp/world-report/20140208-3/

      [5] 「漫画の国のアンネ・フランク」~BDドキュメンタリーとは?~ 
漫画、音声、映像、インタビューをコラージュし
      て社会を描く
      http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201402270029414
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東本高志@大分
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