[CML 030443] < テント日誌 3月23日(日) 経産省前テントひろば 925日、商業用原発停止 189日目 >

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2014年 3月 25日 (火) 10:15:42 JST


(転送します)

テント日誌 3月23日(日)
経産省前テントひろば925日目 商業用原発停止189日目

テントで思い起こす原発反対運動の歴史、フランスの原発談義

10時少し前テントに着いたらもう数人の訪問者と泊開けの人が談笑していた。
高松から来た方は芝公園の「三里塚全国総決起集会」に行く前に寄って下さったそうだ。
高知出身の方が1980年窪川町での原発誘致反対闘争のことを話して下さった。
町民が2つに割れて大変だったようです。
でも当時日教組などに力があり反対運動が勝利し原発は受け入れられなかったとのこと。
学校の校長が率先して反対運動に加わり、定職処分を受けて卒業式にも出られなく、挙句に左遷されてしまったそうです。
そういう危険もかえりみず、反対したことは素晴らしいですね。
今はそういう気骨のある人が居ないというのが共通の意見でした。
その話を聞いて私は以前見たジェームス三木脚本の映画「渡されたバトン」のことを思い出しました。
同じような物語です。

午前中は風が冷たくまだ寒かったけれど、昨日あたりから外務省脇の桜が咲き始めました。
東京で一番早く咲くのだそうです。
その花を見るのは3回目、チョット感傷的になってしまいます。

午前中の訪問者、泊開けの人が帰った後、Kさんと二人で座っていました。
通りがかった男性、テントはいつからあるのですか?と聞くので11年の9月に出来たいきさつなどを話すと母体は何処なのかと尋ねられた。
政党とか何かの団体がやっていると思ったらしい。
あくまで個人の参加であることを説明してチラシをお渡しした。
原発には反対だとのこと時間がないのでまた来ますと帰られた。
まだまだテントのこと知らない人が多いようですね。

2時過ぎて毎日来てくださるSさん、Yさんなどが現れて少し賑やかになった。
名古屋からお孫さんに会いに来たという女性、やはり反原発運動をしてらして一度はテントに来たかったとのこと、暫らく中で正清さんらと話していた。

午後に来たYさんからも原発を止めた町「芦浜」の話を聞いて励みになった。
genpatumap.seesaa.net/article/126016585.html
http://www.bing.com/search?q=%E8%8A%A6%E6%B5%9C%E5%8E%9F%E7%99%BA&form=DLCMHP&qs=AS&sk=&pq=asihama&sp=1&sc=8-7&pc=MDDC&mkt=ja-jp#

4時近く人が増えたので帰途に着く。
(I.K)


夜はフランスから来た青年を囲んで原発談義。
パリから20分の町に住むDさんは核・原発は絶対に無くすべきものと言う。
でも、レジスタンスがあったことは知っているけれどフランスでは原発支持が多いのでは?と尋ねると、原発メーカーと軍とがいっしょになるので反対は難しいと厳しい回答。
Tさんが登場して二人がスペイン語で話し出す。Dさんの生まれはペルーだそう。思わず左利きのフォルクローレギタリスト作曲家ユパンギのことを尋ねるが彼はアルゼンチンだった。
プラントに詳しいOさんがノルマンディーにある原発や再処理施設を持ち出し、Dさんが携帯で地図を見つけ出して話がはずむ。
私からもパリ在住コリン・コバヤシ氏の「国際原子力ロビーの犯罪」を紹介する。国際原子力ロビーの核はフランス原子力ロビー、IAEAによる世界原発推進、など。
http://www.ibunsha.co.jp/0314-1.html
IT地図画面が加わって日本語、英語、スペイン語チャンポンの会話が脱線したり弾んだりする中、Sさんが到着、Dさんを囲んで記念撮影し、暖かい日曜の団欒をお開きにする。
余談ながら、早くからテントで眠っていたDさんは一度もトイレに行こうとしないので心配になった。飲食の違いか、仏日の違いか、年齢の違いか?
(K.M) 




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