[CML 030420] 3.21「400歳の伝言」報告

石垣敏夫 motoei at jcom.home.ne.jp
2014年 3月 23日 (日) 21:10:00 JST


御礼と報告 3.21「400歳の伝言」集会
初めての試み、先達の声を聞く集いを2014年3月21日に浦和パルコ・コムナーレで開くことができました。

(参加者約80名)

戦争・食糧難・原爆・敗戦・原発事故を経験され、

塗炭の苦しみを何度も味わってこられた貴重なお話を3名の方からお聞きすることができました。



 稲葉績(いさお)さん(中国太原・たいげん戦犯管理所からの帰還者、91歳)

 1945年8月15日、日本が敗戦したにもかかわらず、日本軍の将校は中国国民党軍と取引をして、

将校だけは帰国、残された稲葉さん等は再び国民党軍に配属させられ中国の内戦に従事させられました。

その後仲間560名が戦死、日本政府は敗戦記録に掲載せず、軍人恩給ももらいないという、

処遇を今もって受けています。「前途には死ぬことしかなかった」平然と日本国民を死に追いやり、

戦後自国の兵士をも使い捨てた日本政府の実態が語られました。

(稲葉さんは中国新政府の暖かい配慮で起訴免除となり1956年に帰国されました)


大野英子(ひでこ)さん(詩人・元教師、92歳)、

子どもの時は、食糧難で遠足の時のおにぎり、キャラメルまで取りあげられました。

治安維持法の下で人知れず死に至らしめれらた、あんちゃん(兄)をはじめとする人々のことを語り、

国民に刃を突きつけながら戦争に突き進んでいた状況。信濃教育(プロレタリア教育と言われた)の弾圧、

記録が抹消されている歴史。天皇のことを口にしただけで警察に連れて行かれた実態。

過去の治安維持法が現在の特定秘密保護法に繋がっていることを話してくれました。



肥田舜(しゅん)太郎さん(広島被爆医師、97歳)

「原爆によって、今まで見たことのない亡くなり方を沢山看てきました、

それを知っているのはおそらく私だけでしょう」「放射線被害は目に見えないことを良いことに、

アメリカも日本政府も隠し続けてきました。フランスも原発59基あり、放射線被害を隠しています。

今もフクシマでの放射線は日本国中にバラ撒かれ、みなさんは内部被曝を受けています、

特に子ども孫が心配です。みなさん子々孫々のために核と原発をなくすように努力してください、

私は98歳でもう後がないのでみなさんよろしく」



 真実を知ること、知らせ・伝えることの大切さが心に浸みました。

健康上お話を聞けなかった石田甚太郎さん、堀田シズエさんらを囲んで、

またこのような集いを行いたいと思いました。

その他 塚原曄子さんがパフォーマンスで、ロンドンデリー、見上げてごらん夜の星を

 故郷(会場のみなさんと)を歌ってくれました。

ご協力とご支援をいただいたみなさん、埼玉新聞等に厚く御礼を申し上げます。



一部紹介:石垣敏夫(埼玉県平和資料館を考える会世話人)  


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