[CML 030194] ポーランドがたどった道のりの不都合な部分は無視される?

hinokihara hinokihara at mis.janis.or.jp
2014年 3月 13日 (木) 09:55:26 JST


檜原転石です。

「自由」のための闘いの顛末
ポーランドがたどった道のりの不都合な部分(多発するストライキ、選挙での「連帯」の敗北、政策の逆転)はないことにされてしまう

▼黙翁日録
ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(77) 「第9章 「歴史は終わった」のか? −ポーランドの危機、中国の虐殺−」(その1) 1988年ポーランド「連帯」 
が政権掌握
http://mokuou.blogspot.jp/2013/07/77-9-1.html

▼黙翁日録

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(78) 「第9章 「歴史は終わった」のか? −ポーランドの危機、中国の虐殺−」(その2) 「不幸にもわれわれは勝利 
した」(ワレサ)
http://mokuou.blogspot.jp/2013/07/78-9-2.html

▼黙翁日録
ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(79) 「第9章 「歴史は終わった」のか? −ポーランドの危機、中国の虐殺−」(その3) ショック療法「サックス・ 
プラン」を巡って
http://mokuou.blogspot.jp/2013/08/79-9-3.html



▼黙翁日録

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(80) 「第9章 「歴史は終わった」のか? −ポーランドの危機、中国の虐殺−」(その4) 「連帯」の夢は潰えた  
「とにかく時間がない」
http://mokuou.blogspot.jp/2013/08/80-9-4.html

▼黙翁日録
ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』を読む(84) 「第9章 「歴史は終わった」のか? −ポーランドの危機、中国の虐殺−」(その8終) ポーランド労働者の「連 
帯」への不信任、と美化された作り話
http://mokuou.blogspot.jp/2013/10/84-9-8.html

・・・

「連帯」への不信任
ポーランドの労働者は、かつての「連帯」の同志たちに対する怒りを、ストライキ以外の方法を使って表現した。
自分たちが闘い取った民主主義を使って、選挙で「連帯」を決定的に叩きのめした。
1993年9月19日、「連帯」は敗北した。
選挙の結果、かつて共産主義政権を担っていた統一労働者党を中心にした「民主左翼連合」が議会の議席の37%を獲得。「連帯」は相対立する小グループに分裂し、労働組合系グループは得票率5%に満たず、議席を獲得することができなかったり マゾヴィエツキ元首相率いる民主同盟も得票率10.6%にとどまった。

ポーランド:美化された作り話
だがなぜか、その後も世界の何十という国々が経済改革の方法を見出せずに苦闘するなかで、ポーランドが辿った道のりの不都合な部分(多発するストライキ、選挙での敗北、政策の逆転)はないことにされてしまう。
ポーランドは、急進的自由市場改革が民主的・平和的に実施できることを証明するモデルとして奉られることになる。

移行段階にある国についての多くの物語がそうであるように、これはほとんど美化された作り話だった。
現実には、ポーランドでは民主主義が、街頭においても選挙においても「自由市場」を攻撃するための武器として使われた。

一方の中国では、規制に縛られない自由な資本主義への衝動が天安門広場において民主主義を打倒し、「衝撃と恐怖」作戦によって、現代史でも最大規模の収益をもたらすと同時に長期間継続した投資ブームが引き起こされた。虐殺からまたしても奇跡が誕生した。


▼ボノ&ジェフリー・サックス『オブザーバー』紙インタヴュー翻訳
http://yomeyomu.exblog.jp/17300787/ 




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