[CML 030078] 市民社会フォーラムメーリングリスト主宰者と同MLの一部参加者の不当な弊ブログ記事「削除要求」の論を駁する

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 3月 6日 (木) 17:55:17 JST


以下は、弊ブログ「Blog『みずき』」を含むFC2ブログを管理する同事務局宛てに昨年6月18日付けの弊ブログ記事の「削除依頼」を
申し立てた市民社会フォーラム・メーリングリスト主宰者と同メーリングリスト一部参加者の弊ブログ記事「削除依頼」申し立ての論
に対して、同事務局の規約上の要請に基づきその論の不当性と偏頗性について回答した私の反論です。

【削除依頼のあった弊ブログ記事の具体的なURL】
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-597.html

      *弊ブログ記事の「削除依頼」申し立てがあったことの通知をFC2事務局から私が受けたのは先月の2月12日のこと。
      その後同月14日、19日に同様の申し立てが別の2名からも提起され、同申し立て者は合計3名になり、最初の弊ブログ
      記事の「削除依頼」申し立てからおよそ1か月を経過しましたが、同申し立てのあった弊ブログ記事はFC2事務局の規約
      上の権限によって削除されていません。このことは被申立人の私ばかりではなく、FC2事務局も「削除依頼」申し立て者の
      主張の正当性を認めなかったことを意味しています。

その私の反論は、下記の回答書に尽きていると思っていますので私の反論の詳細は下記回答書をご参照いただきたいのですが、
同回答書は、主に「引用の自由」(注)についての法的側面の問題に費やされているため、ここでは以下の反論の前口上として同
回答書では触れることの少なかった「表現の自由」と「批判の自由」について「引用の自由」との関連性の側面から若干のことを述
べておこうと思います。

      注:ここでいう「引用の自由」とは、著作権法第32条の「公表された著作物は、引用して利用することができる」という規定
      を指しています。同条には「その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目
      的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」とする規定もありますが、憲法13条に「公共の福祉に反しない
      限り」という規定があるからといって「表現の自由」や「思想・良心の自由」が損なわれないのと同様に同条を「引用の自由」
      と概念化しても差し支えないものと考えます。

さて、日本国憲法は、表現の自由について、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」(第21条第
1項)と規定しています。この第21条に規定されている「一切の表現の自由」の中にはいわゆる「批判の自由」の概念も含まれること
は「一切」という表現からも明らかです。その「批判の自由」は、「思想・良心の自由」(第19条)とも密接に結びつく概念です。そしてま
た、「批判の自由」は、「報道の自由」とも密接に結びつく概念でもあります。そのことについて一例をあげて説明しておきます。

アメリカの三大ネットワークのひとつであるABCのニュース番組「ワールド・ニュース・トゥナイト」のアンカーを長年務めたことで有名だ
ったピーター・ジェニングス氏(2005年8月没)は、かつて報道の自由に関して「メディアのいちばん重要な目的は、どの政府に対し
てであれ、一般大衆の側に立ってそれを監視し、日々疑問をなげかけること」であると語ったことがあります(筑紫哲也NEWS23「多
事争論」)。ここでピーター・ジェニングス氏が語っている「一般大衆の側に立ってそれを監視し、日々疑問をなげかける」とは、いうま
でもなく「批判の自由」の謂いにほかなりません。

また、イギリスの公共放送BBCの社長だったグレッグ・ダイク氏は、イラク戦争が始まる直前の2003年3月19日に当時のブレア
英首相から「BBCのイラク関連報道は英政府に批判的過ぎる」という非難の手紙が送られてきたことがありますが、同氏は、ブレア
英首相宛てに「放送の中心的役割の一つは、時の政権を疑い、政権がいじめてきたら、立ち向かうことである」という返信を送り返し
ました。そういうこともあってその後も首相官邸の圧力は続き、最悪になったのは、BBCラジオが、イラクの大量破壊兵器疑惑は政
府による誇張だった、と伝えてから。情報源探しが始まり、情報源とされた科学者が自殺。そのてん末を検証した調査委員会が「B
BCは根拠なき政府非難をした」と結論づけ、官邸の意に沿ったBBC経営委員会がダイク氏をクビにします(毎日新聞「発信箱:僕ら
のBBC」2014年02月28日)。このグレッグ・ダイク氏の「時の政権を疑い、政権がいじめてきたら、立ち向かう」という信念の言葉も
やはり「批判の自由」の謂いにほかならないでしょう。

もっとも最近の事例も一例あげておきます。防衛省はこの2月24日、同月23日付けの琉球新報の記事について事実と異なるとし
て琉球新報社と日本新聞協会に文書で抗議しました。これに対して新聞労連は「これは防衛省と安倍政権による報道への弾圧で
あるとともに、新聞業界を政府の管理下に置こうとする意図が明らかな行為である。極めて不当であり許しがたい」として3月4日
付けで「安倍政権と防衛省は報道に対する弾圧行為を撤回し謝罪せよ」と題する声明を発表して政府、防衛省に対する抗議の姿
勢を明らかにしました。その声明にはナチズム運動を率いたニーメラー牧師の『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』という有名
な詩句を引いて次のように述べています。「今回、私たちが抗議するのは、この事件が琉球新報だけの問題ではないと考えるから
だ。新聞協会や新聞経営者が今回の事態を前にして『うちは琉球新報ではないから』『沖縄ではないから』と放置すれば、いずれ新
聞業界全体が弾圧の対象になるだろう」。この新聞労連の今回の声明もやはり「報道の自由」と「批判の自由」の一対性を示すひと
つの事例ということができるでしょう。

以上、「表現の自由」ひいては「批判の自由」と「報道の自由」の一対性について述べましたが、その「批判の自由」を真に「批判の
自由」足らしめるためには前提として「引用の自由」ということがなければなりません。「批判」という概念は、「自己批判」という言葉
もありますが、一般的には「他者批判」を意味する概念である以上、その「他者批判」のためには他者の言動の「引用」は不可欠と
いうことになります。他者の言動の「引用」なくして「他者批判」は成立しがたいという関係にあるからです。著作権法第32条の「引
用」の概念はおそらくそういうところから派生しているものと思われます。ウィキペディアの「引用」の項も「引用の自由」に関して次
のように述べています。「人間の文化活動のなかでは、批評・批判や、自由な言論のために、公表された著作物を著作者・著作権
者に断りなく用いる要請が生じることがある。狭義の引用は、その要請を満たすために用意された著作権の制限・無断利用の許
容の規定である」。

そうした「批判の自由」を真に「批判の自由」足らしめるために前提として設けられている「引用」の概念の法令化が著作権法第32
条であるという「言論の自由」の理念の発展の基礎知識程度の理解が相応にあれば、「他者の著作物を勝手に引用するのは名誉
毀損や著作権侵害、個人情報保護違反になる」などという「言論の自由」の一環としての著作権法の規定をまったく理解しない主張
など出てきようもないはずなのです。

注:ちなみに「非公開のメーリングリストで個人の資格でなされた投稿」も著作権法32条にいう「公表された著作物」とみなされます。
そのことについては下記回答書の該当説明部分をご参照ください。

が、そういうことよりも、そもそも、そうした「引用の自由」の正当性、不当性の論を言う前になによりも重視され、尊重もされなけれ
ばならないことは「言論の自由」そのものについてです。「君の意見には反対だ。しかし、君がその意見をいう自由を私は生命を賭
して守る」(ヴォルテール)というのが「言論の自由」です。だとすれば、ここでも重要なのは、「引用の自由」の正当性、不当性を論
じる以前の問題としての議論そのものの正当性、不当性の問題です。その議論の正当性、不当性の問題を争点化するのではな
く(「削除依頼」の要求がなされている弊ブログ記事の論は削除依頼者の前論の論駁記事でそれに対する再反論は困難ということ
なのでしょうが)、「引用」の問題に偏頗して論点を争点化し(その偏頗した論点自体も誤りに満ちていることは下記に見るとおりで
す)、かつ、弊ブログの論そのものの「削除」を要求する。そうした姿勢は「言論の自由」を真に大切に思う者の態度だとは私には
到底思えません。

本論に入る前にもう一点述べておかなければならないことがあります。

それは、弊ブログ記事の削除依頼者のひとりが市民社会フォーラムメーリングリストの主宰者であるということから、その主宰者と
しての権限を強権的に発動して彼らの言うところの「引用の不当性」を理由(その理由は上記でも述べたとおり誤りに満ちています)
に私を同メーリングリストから登録解除したことです。しかし、登録解除の理由は、私の「引用の不当性」ということだけではなく、登
録解除される直前に私は同主宰者を批判する「『宇都宮健児君、立候補はおやめなさい』問題 ――『都知事選挙に思う』というO氏
の認識について」という同主宰者の論を反駁する論を書いたことがありますが、その私の反駁の論が「気に入らなかった」ということ
でもあるようです(ただし、同主宰者の私の論への批判はここでも「引用の不当性」が理由です)。ここでも「言論の自由」とはまった
く異質の(というよりも、逆行する)論理が強行されている事態があります。そのことも指摘しておかなければならないことです。

長くなりますので本論のFC2事務局宛てに回答した私の「大西誠司氏の弊ブログ記事削除要求の不当性について」の論は省略しま
す。以下をクリックしてご参照ください。

■市民社会フォーラムメーリングリスト主宰者と同MLの一部参加者の不当な弊ブログ記事「削除要求」の論を駁する
(弊ブログ 2014.03.06)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-803.html


東本高志@大分
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