[CML 032172] Re: JRを退職するにあたって

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2014年 6月 24日 (火) 17:03:18 JST


前田 朗です。
6月24日

久下さん

ご苦労様です。

これは単なる「私事」ではなく、「時代の証言」です。

闘いの詳細は書かれていなくても、働いて、生き抜くための闘いを、多くの読み
手はそれぞれに読み取ることでしょう。

そこに「誤読」がありうるにしても、「誤読もまた楽しき同時代の証言」かもし
れません。

私も、国労の闘いのそれぞれの局面をごく一部知るのみで、全体像を知らないた
め、大いに誤読しているかもしれませんが、

同時代を生きてきた者の一人として、久下さんの「定年退職」に「敬意」を表し
ます。

これからも厳しい闘いを、楽しい人生を、学び続ける青春を、ご報告ください。

ありがとうございます。




----- Original Message -----
> 国労組合員の久下です。私事で闘いのリストを使うのは違反ですが、以下は
Facebookに公開したものです。70年代にはこのような若者もいたという資料と
してお許しください。(ハハッ)
> --------------------
> ● 定年退職します ●
>  JR各社では60才になる月の月末が定年退職の日となっており、私は7月
末で定年退職します。1974年、19才で国鉄に就職してから、まる40年間
働いたことになります。
>  「働く者の世の中が来る。働く者の世の中を作るために国鉄労働者になる。
国労で闘う」という、今では考えられない「夢」、「幻想」としか言えないよう
な動機で国鉄に入社した私が、まさか、円満に定年退職とは…(ハハッ)。信じ
られません。
>  まだ高校生の息子が独り立ちするまで、もう少し働かねばならない私は、先
日、定年後に再雇用されて働く駅に、少し早く転勤して働き始めています。
>  いろいろ書くことはあるのですが、今はひとつだけ。国鉄分割・民営化反対
闘争の敗北以降を長い老後のように、半ば諦念のなかで暮らし、働いてきたはず
の私が、最後にマルス(指定券発売機)を操作する日に、最後にホームで旗を振
る日に、これが最後の仕事だと思った瞬間に、一種、感動のような感情が湧き上
がってきて、我ながらとまどい、驚いたことだけを書いておきます。ひょっとし
たら私は、駅の仕事が好きだったのかもしれません。
>  57才のときに意に反した転勤を強いられましたが、転勤前の職場でも、最
後の職場でも、国労組合員はもちろん、大勢の若者たちとも仲良く、助け合って
楽しく働くことができました。今は、大間違いの人生でもこんなに幸せに生きら
れるのだと、もしも神がいるなら神に感謝したい気持ちです。
>  転勤を強いられた職場でも、最後の職場でも、職場を去る最後の挨拶で、皆
が安心して働き続けられるよう、5年間で解雇という契約社員制度を見直して、
5年働けば皆正社員とする制度を作ってほしいと述べました。安心して働ける世
の中がますます遠ざかっていく状況のなかで、退職せざるを得ないことは残念で
なりませんが、若い人たちには、自分たちの問題を解決するのは結局自分たち自
身でしかない。皆で頑張っていい職場を作っていけとしか言えませんでした。
>  再雇用先の駅は、比喩ではなく「死ぬほど働かねばならない」厳しい職場で
す。私は私の体が壊されないよう、まず、新しい職場の労働環境を整えることか
らはじめて、もう少し、働き、そして仲間たちと一緒に闘い続けたいと思ってい
ます。
> 
> ------------------------------
> 久下  格   http://aoisora.org/
> 




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