[CML 031999] ウクライナ情勢を受けたオバマ政権の軍事戦略再表明(浅井基文 2014.06.15)
higashimoto takashi
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 6月 17日 (火) 10:53:12 JST
私はこれまで「ウクライナ、クリミア情勢の見方」についてさまざまな角度からの見方を28回にわたってご紹介してきました。
それは、ひとつには、日本のメディアの西側メディアから流れてくる情報に依拠したあまりにも偏った報道姿勢を正す必要が
あるというある種の対抗策としての意味合いを持っていました。しかし、その対抗策も、国際情勢に通じた専門家がその責を
担ってくれるのであれば、私ごときがしゃしゃり出る幕はもちろんありませんでした。
しかし、現状は、アメリカという資本主義国家の「平和」への提唱のマヌーバ性(クリミアの独立とウクライナの独立について
の「米欧諸国の身勝手なご都合主義。内政不干渉と民族自決原則の適用の二重基準)を誰よりもいち早く指摘、指弾しなけ
ればならないはずの日本共産党という日本の社会主義政党がほかならないアメリカを筆頭とする西側メディアの合唱する国
家(民族)差別的な恣意的な二重基準に基づく「ロシア叩き」の口車に報道で明らかになっている事実関係すら無視した上で
先頭を切って乗っている。そうした状況を正されなければならない、という私の目的意識に負っています。「保守」を糾す前に
「革新」の誤りを正しておかないと「保守」を糾すことも当然できません。それが「ウクライナ、クリミア情勢の見方」を28回も
続けてきた理由です。
さて、「ウクライナ、クリミア情勢の見方」の29回目は、浅井基文さん(元外交官。政治学者)という外交の専門家の眼を通じ
てウクライナ危機以後のオバマ政権の軍事戦略の変化を見ることです。それが今回の浅井基文さんの論攷のねらいでもあ
るでしょう。日本の革新勢力には特に読んでいただきたいウクライナ危機以後の国際情勢、とりわけアメリカの外交戦略の
認識です。
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■ウクライナ情勢を受けたオバマ政権の軍事戦略再表明(浅井基文 2014.06.15)
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2014/610.html
オバマ政権は、ウクライナ危機特にクリミアのロシア編入に対してなんら有効な対策を講じることができなかったことに関し、
アメリカ国内から厳しい批判を浴びています。
オバマ政権の軍事戦略に対するアメリカ国内の批判は、実はウクライナ危機以前から顕在化していました。特に、シリア内
戦に際してアサド政権の打倒を目指したオバマ政権が、シリア国内の反アサド勢力の武装闘争を支援するために、シリア
に対する空爆作戦を実行しようとしたとき、ロシアのプーチン大統領がアサド政権による化学兵器全廃の約束と引き替えに
アメリカの空爆作戦を押しとどめたことは、プーチンの外交手腕を際立たせると同時に、オバマ政権の優柔不断と後手後手
に回る政策的稚拙さをも浮き彫りにしました。
ロシアによるクリミア併合に対してオバマ政権がなんら有効な対抗策を講じ得なかったことは、ロシアと国境を接する東欧諸
国(その多くは自国の安全保障を期してNATOの東方拡大に進んで身を委ねている)から、「果たしてアメリカ(及びNATO)は、
いざという時に自分たちを守る決意があるのか」という深刻な懸念を呼び起こしました。その懸念はアジア太平洋地域(APR)
諸国のいわゆる親米政権当事者にも共有されることになっています。言うまでもなく、欧州正面のロシアに対応するのはAPR
正面の中国です。
こうして、オバマ政権は東西の同盟諸国の対米懸念を払拭するために、アメリカの確固とした軍事戦略を明らかにする必要
に迫られました。5月28日にオバマ大統領が陸軍士官学校卒業式で行った演説は以上の背景のもとで行われました。また、
オバマ演説の直後の5月31日には、ヘーゲル国防長官がシンガポールのシャングリラ対話フォーラムで、アメリカの対APR軍
事戦略に関する演説を行いました。両演説は、オバマ演説が軍事戦略を全般的に述べたものであるのに対して、ヘーゲル
演説はオバマ政権の看板であるアジア・リバランス戦略について敷衍したものという関係に立ちます。
私たちが両演説に関してチェックする必要があるのは、次の2点です。
第一、果たして両演説は同盟諸国の対米懸念を払拭するだけの内容があるのか。
第二、そもそも、オバマ政権にはウクライナ危機で露呈された、「米ソ冷戦終結後のアメリカによる軍事的世界一極支配構
造が、今や中露をはじめとする新興諸国によって根底から疑問視され、異議申し立てが行われている」という国際情勢の構
造的変化(少なくともそういう変化に向けての胎動)に関する認識があるのかどうか。
また、ヘーゲル演説は、安倍政権が進めようとしている集団的自衛権行使を「可能」とするための第9条解釈改憲の狙いが
奈辺にあるかについて、アメリカのホンネを示している点でも注目すべき内容があります。
以下では、以上3点に関して、オバマ及びヘーゲルの発言を紹介しつつ、私なりのコメントを加えようと思います。なお、末
尾に両演説の要旨を紹介しておきます。
1.オバマ政権の国際情勢認識の危うさ・怪しさ
オバマ政権の国際情勢認識は、次のオバマの言葉に凝縮されています。
「世界は加速的に変化しつつある。そのことはチャンスであると同時に新たな危険を提起している。9.11以後、テ
クノロジーとグローバリゼーションは、かつては国家の独占物だった暴力を個人の手にも渡し、テロリストの能力
を高めた。ロシアの旧ソ連邦諸国に対する侵略は欧州諸国を脅かしている。中国の経済的台頭及び軍事的拡
張は近隣諸国を悩ませている。ブラジルからインドまで、台頭する中産階級は我々と競い、諸国政府は世界に
おける発言力の増大を追求している。30年前だったらほとんど注目もされなかった内戦や破産国家や人民の蜂
起が四六時中ニュースを賑わしている。」
私が、以上のオバマの発言について注目するのは2点です。
一つは、21世紀国際関係を特徴づける国際的相互依存の不可逆的進行(それはアメリカがもはや一国主義を追求し、世
界覇権にしがみつくことを時代錯誤にしている)に対する認識のかけらも見られないということです。したがって、このような
リアリズムが欠落する国際情勢認識からは的確な政策を打ち出す可能性は生まれ得ないことが分かります。後で指摘する
ように、オバマが追求するのは、100年後もアメリカが世界の中心に君臨して世界を牛耳るとする、今や前世紀の過去の遺
物としか言いようのない、むきだしの力による政治(power politics)になるのは当然です。
今一つ私が注目したのは、ロシア及び中国を脅威扱いしていることです。確かにクリントン政権以来のアメリカが措定した
旧ソ連に代わる脅威としての「様々な不安定要因」の中には、非伝統的脅威(その典型がテロリズム)をメインとしつつも、
伝統的脅威としての国家から来る脅威も含まれています。しかし、上記オバマ発言ほど明確に、ロシア及び中国を「脅威扱
い」したものは、管見による限り珍しいことです。
それはやはり、NATO軍によるユーゴ空爆、リビア内戦に対するNATO軍介入とカダフィ抹殺などを経験して、安易な対米欧
協調は国際関係の基盤を揺るがすという危機感を深めた中露両国(中露が目指す国際関係のあり方に関する基本的考
え方は、5月27日付のコラム「プーチン訪中と中露戦略連携パートナーシップの新段階」参照)が、ウクライナ危機に際して
正面からアメリカに待ったをかけたことに対するオバマなりの正直な反応だと思います。ここでは、国際関係の民主化を前
面に押し立てる中露両国を、力による政治の旧思考にしがみつくオバマが、アメリカの覇権に挑戦する「脅威」としか考えら
れない姿を反映しています。
ちなみにヘーゲル演説における次のくだりも、オバマの中国を脅威視する認識と連動していることが明らかです。
「APRは深刻な脅威に直面している。南シナ海及び東シナ海では領土及び海洋紛争、北朝鮮の挑発的行動及び核ミサイ
ル計画、気候変動及び自然災害という長期的挑戦、サイバー攻撃(浅井注:サイバー攻撃は常に中国からのものとされ
ている)がある。」
なお、私がオバマの国際情勢認識にリアリズムが完全に欠落していると強く感じたのは、シリア及びウクライナ問題に関し
て、自己の行動を美化、正当化することに汲々としている次の発言に呆れかえったときでした。
-「(シリアに関して)簡単な答、軍事的解決はない。私はアメリカ軍を送り込まない決定を行ったが、そのことは、
独裁者に対して立ち上がったシリアの人々を助けないということではない。自らの将来を選ぼうとする人々を支
援しつつ、混乱の中に紛れ込んでいる過激派を食い止めようとしている。テロリスト及び独裁者に対する最善の
選択肢となるシリア反対勢力に支持を提供するよう、議会とともに行動する。」
-「ウクライナにおけるロシアの最近の行動は東欧にソ連の戦車が侵入した日々を思い起こさせる。しかし冷戦
ではない。世界世論を形作ることでロシアを直ちに孤立させることができた。アメリカの指導力によって世界は直
ちにロシアの行動を非難した。欧州及びG7は制裁に加わった。NATOは東欧同盟国に対するコミットを強化した。
IMFはウクライナ経済の安定化に協力している。OSCE監視団は世界の目をウクライナの不安定な地域に向けさ
せた。世界世論及び国際機関を動員することにより、ロシアの宣伝及び国境に展開したロシア軍を牽制した。」
2.オバマ軍事戦略の説得力
同盟諸国の対米懸念を念頭においたオバマの軍事戦略のポイントは、オバマの発言を抜き書きすれば、次の諸点となり
ます。
-「アメリカは常に世界をリードしなければならないということだ。アメリカ以外には誰もいない。アメリカ軍はその
指導力のバックボーンだ。しかし、アメリカの軍事行動は、いかなる場合にもアメリカの指導力の唯一の要素で
もなければ、主要な要素ということでもない。軍事行動に伴うコストは巨大であるがゆえに、それを如何に使用す
るかについて明確な判断がなければならない。」
-「核心的利益が要求するとき、つまり、アメリカ人が脅かされ、その生活が危殆に瀕し、同盟国の安全が危険
にあるときには、アメリカは必要であれば単独ででも軍事力を行使する。…国際世論は重要だが、アメリカ人、
母国あるいはアメリカの生活スタイルを守るために許可を求めるようなことはすべきではない。」
-「世界的な関心のある問題であってもアメリカに対する直接の脅威とならないもの、我々の良心を揺さぶり、ま
たは、世界をより危険な方向に導きはするがアメリカの直接の脅威とはならないものに関しては、軍事行動を執
るかどうかの敷居は高くしなければならない。そういうケースでは、アメリカは単独行動を執らず、同盟国及び友
好国を動員して集団的行動を執らなければならない。」
「アメリカは常に世界をリードしなければならない…。アメリカ軍はその指導力のバックボーンだ」と言い放つオバマが力に
よる政治の旧思考にしがみついている本質は明らかです。しかし、その旧思考は同時に諸刃の刃でもあります。なぜなら
ば、「アメリカに対する直接の脅威とならない」とアメリカが判断する(同盟国ではない!)時には、「軍事行動を執るかどう
かの敷居は高くしなければならない」ということになるからです。
確かにオバマは、アメリカが単独ででも軍事力を行使する「核心的利益が要求するとき」の中に「同盟国の安全が危険に
あるとき」を含めてはいます。しかし、「アメリカに対する直接の脅威とならない」ケースでは「アメリカは単独行動を執らず、
同盟国及び友好国を動員して集団的行動を執らなければならない」としていることに重点があるのは明らかです。
そのことをさらに具体的に表明しているのが、ヘーゲルの次の発言です。中国をハッキリと脅威扱いしながらも、それに
対抗する手段は「強固で協力的な地域的な安全保障構造」だとしており、それはオバマの「アメリカは単独行動を執らず、
同盟国及び友好国を動員して集団的行動を執らなければならない」という発言を裏書きしているのです。
「この地域が直面している最大の試練の一つは、紛争を外交及び確立した国際的ルール・規範を通じて解決
するか、脅迫・侵略によって解決するかの選択だ。この問題がもっとも際立っているのは、APRの心臓であると
同時に世界経済の交差点でもある南シナ海である。最近数カ月来、中国は、南シナ海における権利を主張し
て、安定を損なう一方的な行動をとっている。アメリカは領土問題については立場をとらないが、権利を主張
するために脅迫、強制、武力の威嚇を行うことに対しては、いかなる国によるものであれ断固反対する。アメ
リカはまた、飛行または航行の自由を制限する試みに対しては、いかなる国によるものであっても反対する。
国際秩序の基本原則が挑戦を受けるとき、アメリカはよそ見しない。
中国を含む地域のすべての国々は、安定した地域の秩序のもとで団結し、これにコミットするか、これにコミ
ットしないで平和と安全を阻害するかのいずれかを選ぶことだ。アメリカは、緊張を弱め、国際法に従って紛
争を平和的に解決する国々の努力を支持する。問われているのは主権や天然資源だけではない。問われ
ているのはAPRの規則に基づく秩序の維持だ。その秩序を守るためには強固で協力的な地域的な安全保障
構造が必要だ。」
3.安倍政権の集団的自衛権行使踏み込みに対するアメリカの期待
ヘーゲル演説の次のくだりは、リバランス戦略の具体化として、アメリカが日米同盟を基軸として中国のプレゼンス増
大に対処することを主眼とする「恒久的な安全保障共同体」づくりを鋭意推進してきたことを自ら認めています。
「過去一年間、アメリカはAPR諸国とともに地域の諸制度を強化してきた。この地域的な仕組みは、共通の挑
戦に対する解決の分担(shared solutions to shared challenges)によって強力にして恒久的な安全保障共同体
を作り、集団的で多国間のオペレーションが例外であるよりは標準となるようにすることを可能にするものだ。」
日本がアメリカの対APR軍事戦略の中心に据えられていることは、ヘーゲルの次の発言に明らかです。
「同盟関係を現代化することには、同盟国間の連携を強化し、ミサイル防衛などの合同能力を高め、同盟国
自身が安全保障の担い手になることが含まれる。昨日(5月30日)、私は豪日との三者会合を行い、今日は
韓日との三者会合を行う予定だ。アメリカがこれらの緊密な同盟国との間で進めている協力向上は、これら
の国々が東南アジアを含むAPRにおける安全保障に関するそれぞれの役割を拡大しようとしていることと連
動している。アメリカは、第二次大戦後70年におけるこういう展開を歓迎する。」
そして、安倍政権がしゃかりきに進めようとしている集団的自衛権行使を可能にするための第9条解釈改憲の狙いが、
アメリカの対日期待の所在を踏まえていることは、ヘーゲルの次の発言から明らかです。
「アメリカはまた、安倍首相が昨日述べたように、平和で抵抗力ある地域の秩序を作ることに貢献するべく、
集団的自衛態勢を転換しようとする日本の新たな努力を支持する。これらの努力を補強するべく、アメリカと
日本は両国の防衛ガイドラインの改定作業を開始した。その目的は、日米同盟が変化する安全保障環境
及び増大する自衛隊の能力に見合って進化するように確保することにある。」
しかし、アメリカが求めて止まない日本の役割は、アメリカ主導でAPRに作り上げるべき「集団的で多国間のオペレー
ション」を行う「恒久的な安全保障共同体」において、日本がアメリカの意向に沿って行動することです。そこには、台
頭する中国を牽制することはもちろん含まれますが、安倍政権がことさらに中国を軍事的に挑発することを容認する
ものではありません。ここでは再び、上記2.で述べた軍事戦略がそのまま当てはまることになるのです。
即ち、5月11日付のコラム「オバマ政権の対APR戦略」で紹介したように、オバマは日中間の領土紛争に関して、あくま
でも非軍事的に解決する必要があるということをくどいほどに強調しました。そして、「この問題を平和的に解決するこ
と、情勢をエスカレートしないこと、言葉遣いを抑制すること、挑発的な行動を取らないこと、そして日中がどのように協
力し合えるかを決めるよう努力することの重要性」を「安倍首相との会談で強調した」と、首脳会談後の共同記者会見
でわざわざ指摘したのです。
ということは、オバマの5月28日の演説が同盟国の対米懸念を払拭するにはほど遠い内容であるように、安倍政権を
はじめとする日本の保守勢力にとっても、オバマ政権の軍事戦略に対する不満は内攻していることを窺わせるに十分
なものがあると言えるでしょう。
(参考)
<5月28日の陸軍士官学校卒業式でのオバマ演説(要旨)>(省略)
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2014/610.html
<5月31日のシャングリラ対話フォーラムにおけるヘーゲル国防長官演説(要旨)>(省略)
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2014/610.html
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