[CML 032884] マルクス・アホダラ教

林田力 info at hayariki.net
2014年 7月 30日 (水) 22:14:36 JST


マルクス・アホダラ教という表現は戦後日本の通俗的マルクス主義の問題を的確に風刺しており、言い得て妙である。戦後日本政治の根本的な問題を挙げるならば官僚支配と土建国家である。これらは長らく問題と認識されていたが、今に至るも克服されていない。これらを体制側が維持しようとすることは当然であるが、体制批判の側もマルクス・アホダラ教に侵されて本気で批判していなかった。それが官僚支配と土建国家が永続した一因である。

 通俗的マルクス主義は市場の不信を徹底しているために、官僚の経済主導への問題意識が低くなる。新自由主義のような異分子に対しては頑強に抵抗するが、官僚支配や土建国家には微温的な態度になる。結局のところ、戦後日本では体制内批判派の通俗的マルクス主義と体制派のケインズ主義の同盟が成立していた。

 通俗的マルクス主義と無縁の民主党が自民党政治の代案として政治主導や「コンクリートから人へ」を掲げたことは偶然ではない。これは通俗的マルクス主義では出てこない思想である。民主党政権の結果から民主党の内実を批判することは容易であるが、このような思想が掲げられただけでも点で大きな意義がある。たとえ看板だけ掲げただけであっても、通俗的マルクス主義に比べれば大きな進歩である。

 通俗的マルクス主義が必死に批判する新自由主義も、官僚支配や土建国家を批判する点では進歩的な側面を持つ。新自由主義が改革派であり、通俗的マルクス主義は旧体制派・既得権益擁護者に映る。現代日本では体制に不満を持つ人が多いにも関わらず、本来ならば不満者を吸収すべき左翼は衰退している。それは通俗的マルクス主義が官僚支配や土建国家の根本的な批判になっていないことが一因である。

この点は世代間ギャップも大きい。マルクス・アホダラ教は「高度経済成長期は良かった、今の新自由主義的改革が社会を悪くした」という意識が強いように見える。それは戦後体制そのものが世代間不公平を生み出したとの批判的視点が欠ける。まさに既得権擁護者に映る。

マルクス・アホダラ教批判はマルクス主義そのものへの批判ではない。マルクス自身が「計画経済がいい」と言った訳でもない。戦後日本での通俗的マルクス主義の現れ方を問題視している。官僚支配や土建国家を否定するという問題意識を持ってマルクスを読み解くことは有意義なことである。それは大いにやってもらいたい。

しかし、マルクスの読み直しは決して容易なことではない。マルクス主義の名の下に計画経済の全体主義体制が存在したという事実がある。ソ連型社会主義が真のマルクス主義ではないと批判することはできる。

しかし、戦後の通俗的マルクス主義がソ連型社会主義を批判できていたかは疑問なしとしない。ソ連や中国の実態を知らなかったと言い訳は可能かもしれないが、通俗的マルクス主義にソ連型社会主義を批判する思想的な内実があったとも思えない。日本の官僚支配にすら切り込めない通俗的マルクス主義にソ連の全体主義を批判する深みがあるとは思えない。

もし冷戦期からソ連共産党や中国共産党を批判していたマルクス主義者ならば、マルクス主義からの官僚支配・土建国家批判の可能性が出てくるかもしれない。そうでないならばマルクス主義からの脱却を志向することが自然になる。
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林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
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