[CML 032454] 今日の言葉2 ――けふは七夕。盧溝橋事件の数日前、現地駐屯日本軍将兵のあいだには、「七夕の日になにかかがおこる」という噂が流れていたという(辺見庸「日録24」2014/07/07)

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2014年 7月 7日 (月) 21:15:24 JST


今日7月7日は77年前に盧溝橋事件が起こった日。辺見庸「日録24」(2014/07/07)から。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-940.html

要旨:
1937(昭和12)年7月7日夜半、北京郊外の盧溝橋近くで、日本の「支那駐屯軍」部隊が夜間演習をはじめ、その最中に、数発の
射撃音があり、(略)これは中国軍の「奇襲作戦」にちがいないと断定した牟田口連隊長は日本の主力部隊の出動を命じ、7月
8日未明から中国軍を攻撃した。(略)

9月には天皇ヒロヒトが「中華民国深く帝国の真意を解せず濫(みだり)に事を構へ遂に今次の事変を見るに至る」と中国側に戦
争責任を押しつけ、明かな侵略行為を「中華民国の反省を促し速に東亜の平和を確立」するため……などと、正当だと強弁した。
これをうたがったリーベンレン(引用者注:日本人)はほぼ皆無。それでもヒロヒトは戦犯にもならず、「人道に対する罪」にも問わ
れなかったのだから、リ-ベンてのはものすごいクニなのだ。「暴支膺懲」を口実にした侵略と殺戮は、昭和天皇のお墨付きをえ
て勢いづく。戦線はひろがる一方だった。他国の軍事占領は是か非か、人道上よいかわるいか、国際的準則にもとずいているか
……など、かえりみられたふしはない。

12月にはついに南京を「攻略」。このときである、南京大虐殺がおきたのは。せいかくな数はわからない。だが、どんなに少なくて
も、数百、数千なんていう人数ではない。最低でも数万人が殺された。(略)日本軍が中国の都市を占領するたびに、日本では提
灯行列をし、万歳三唱をして祝った。12月13日の南京陥落のときは、とくに日本中が大パレードでわきたった。大フィーバー。東
京の「奉祝」提灯行列には40万人が参加し、「日本勝った、日本勝った、また勝った、シナのチャンコロまた負けた!」などととは
やしたてた。中国人なんてだれもいわなかった。かりに南京大虐殺の事実が報じられていたとしても、提灯行列のもりあがりは、
なにも変わらなかっただろうな。軍は中国各地に際限なく戦線を拡大して、「連戦連勝」に酔いしれ、宣戦布告のないまま、全面戦
争に発展していった。それに異をとなえる者は、なきにひとしかったのだから、massacre(引用者注:大虐殺)は「戦勝」とほとんど
同義であったはずだ。(略)

盧溝橋事件なんてもうだれも知らない。日中戦争でどれだけひとが殺されたか知らない。先生も知らない。先生が知らないのだか
ら、生徒がわかるわけもない。南京大虐殺もなかったことにされる。けふは七夕。盧溝橋事件の数日前、現地駐屯日本軍将兵の
あいだには、「七夕の日になにかかがおこる」という噂が流れていたという。


東本高志@大分
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