[CML 029289] 我々は加害者の末裔である(森達也) 戦争の傷痕 すべて解決済みなのか(高橋源一郎)

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2014年 1月 30日 (木) 13:26:32 JST


2014.1.30
朝日新聞・朝刊
我々は加害者の末裔である 森達也
http://digital.asahi.com/articles/DA3S10952055.html?iref=comkiji_redirect&ref=nmail_20140130mo&ref=pcviewpage
戦争の傷痕 すべて解決済みなのか 高橋源一郎
http://digital.asahi.com/articles/DA3S10952054.html?ref=pcviewpage
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我々は加害者の末裔である 森達也

昨年の夏は1カ月ほどヨーロッパに滞在した。
特にEU圏においては、パスポートを提示することなく国から国へ移動することが
普通になってきた。通貨はほぼユーロ。国境の概念がとても薄くなっている。

 かつてヨーロッパを舞台に戦争は何度も起きた。領土問題も恒常的にあった。
でも現在はほぼ消えた。
少なくとも東アジアの現状とは相当に違う。帰国してから考えこむ。
なぜ東アジアは今も国境線を挟んでいがみ合い続けるのか。
街場の喧嘩のようなフレーズが双方のメディアのあいだで躍るのか。

 ヨーロッパの融和が進んだ理由はいくつかある。
その一つはホロコーストだ。
ナチスドイツほどではないにせよ、他のヨーロッパ諸国もユダヤ人を長く迫害し
続けてきた。
だからこそ被害者意識だけに埋没できない。
他民族を蔑視して差別し続けてきた自分たちの加害性と戦後も直面し続け、
後ろめたさを保持し続けてきた(これには功罪あるのだが)。

 鎖国の時代が終わって新しい国家体制を創設するとき、この国は富国強兵と
脱亜入欧をスローガンとした。
この時期のアジアはほとんどが列強の植民地だ。
でもこの国はその辛酸を舐めなかった。
アジアの盟主として君臨し、中国とロシアを相手にした戦争でも勝利をおさめた。

 この国は特別なのだ。
万世一系の現人神に統治されたアジアの一等国。
その意識がこの国の伝統的な排他性(村落共同体的メンタリティー)と化学
変化を起こす。
アジアへの蔑視や優越感を燃料にした思想が正当化され、アジア太平洋
戦争へとつながり、やがて敗戦を迎える。
でも大きな犠牲を強いられながらもこの国は自分たちの加害性から目をそらし
続けてきた。
日本を統治するために天皇制存続を選択したアメリカは平和主義の天皇を
騙したり追い詰めたりしてこの国を戦争に導いたA級戦犯という存在をつくり
あげ、結果として1億国民は彼らに騙された被害者となっていた。

 そのA級戦犯を合祀(ごうし)した靖国問題が、今も東アジアとの関係を
揺さぶり続ける。
誤解を解きたいと安倍晋三首相は言った。
再び戦争の惨禍に人々が苦しむことのない時代を創る決意を祈念したのだとも。

 ならば同時に宣言するべきだ。
戦争とは一部の指導者の意志だけでは始まらない。
彼らを支持する国民との相互作用が必要だ。
戦争責任をA級戦犯だけに押しつけるべきではない。
私たちは被害者であると同時に加害者の末裔でもあるのだと。

 アジア太平洋戦争でこの国はアジアにも負けた。
ところがその記憶と実感は薄い。
だからこそアメリカに従属しながらアジアへの優越感は保持されて戦後の
経済発展の原動力の一つとなった。
つまり脱亜入米だ。

 ヨーロッパの人はよく、ユーラシアを東に行けば行くほど夜が明るくなると
口にする。
確かに極東の島国は夜も煌々と輝いていた。
世界第3位の54基の原発に電力を支えられながら。
そんな時代が今終わりかけている。
でもアジアの一部になることを認めたくない。ずっと抱いてきた優越感や
蔑視感情をどうしても中和できない。
そのいら立ちが反中や嫌韓の感情へとリンクする。

 一部の指導者にのみ戦争責任を押しつけた観点において、東京裁判
史観は明確な過ちを犯している。
責任は天皇と当時の国民すべてにある。
だから(靖国が適当かどうかは措く)A級戦犯も同じように祀る。
そう宣言して自分たちの加害性を直視することで、ようやく戦争のメカニ
ズムが見えてくる。
歴史上ほとんどの戦争は、自衛への熱狂から始まっている。
指導者やメディアは平和を願うなどと言いながら、結局は危機を煽って、
国民の期待や欲求に応えようと暴走する。
特に安倍政権誕生以降、自衛の概念が肥大している。
大義になりかけている。ならばこの国はまた同じ過ちを犯す。
積極的な平和主義を唱えながら。

 (もり・たつや 56年生まれ。映画監督・作家。明治大特任教授。
近著に「クラウド 増殖する悪意」)

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戦争の傷痕 すべて解決済みなのか 高橋源一郎

 安倍晋三総理大臣が去年の暮れ、現役総理としては7年ぶりに
靖国を参拝し、大きな波紋を呼んだ。
それから、ほんの少し前、新たにNHKの会長になった人が、「従軍
慰安婦はどこの国にもあった。解決した話なのに、韓国はなぜ蒸し
返すのか」と発言し〈1〉、これもまた大きな問題になろうとしている。

 だが、わたしにとって、もっと大きな出来事は、1月12日深夜、
テレビで、監督大島渚の半ば伝説と化したドキュメンタリー「忘れ
られた皇軍」〈2〉が半世紀ぶりに、放映されたことだった。

 その夜、テレビの画面を見た人たちは、半世紀前と同じように、
目をそむけるか、あるいは、視線を釘付けにされたかのいずれか
だったろう。

 そこに登場していたのは「元日本軍在日韓国人傷痍軍人会」の
12人だ。
日本の軍人として戦った彼らは、戦争によって手や足や視力を失った。
なのに、戦後、韓国籍になった彼らには、軍人としての恩給は支給
されなかった。
日本政府に訴える彼らに政府は「あなたたちは韓国人だから韓国
政府に陳情せよ」といい、韓国政府に訴える彼らに政府は「その傷は
日本のために受けたものだから日本政府に要求せよ」という。
だから、彼らは、その無残な体を見せつけるように、街頭に現れ、
日本人に直接訴えたのだ。

 「眼なし、手足なし、職なし、補償なし」という旗をかかげ、募金をつのる
異形の者たちに、戦後18年、急激に復興しつつあったこの国の人たちが
向ける視線は冷ややかだ。
つかの間の慰安を求めて、安い酒を飲んでも、彼らの口をついて出るのは
日本の軍歌だった。

 番組の後段、片手と両眼を失った元日本人軍属、ジョ・ラクゲンは自ら
サングラスをとる。
国家と歴史に翻弄された男の、潰れた眼から涙がこぼれる。

 彼がもし戦死していれば、靖国に「英霊」として祀られただろう。
だが、生き残った者には金を払わないのである。

 最後にナレーションは、ほとんど叫ぶようにこういう。

 「日本人たちよ、わたしたちよ、これでいいのだろうか? これでいいの
だろうか?」

 その問いは、この半世紀の間に答えられたのか。
問題は、すべて「解決済み」なのだろうか。

 ニューズウィーク日本版が繰り返し載せた「靖国」に関する論考〈3〉
からは、内向きで感情的な議論になりがちな、この問題を、冷静にとらえ
ようとする「外側の視線」が感じられた。

 「劇場化する靖国問題」の筆者たちは「今の日本には『2つの靖国』が
存在している」と書く〈4〉。
それは、「中国と韓国がむき出しの感情をぶつけ、結果的に外交の道具と
化した『ヤスクニ』」、そして「外国からの批判に惑わされ、日本人自身が
見失ってしまった慰霊の場としての靖国」だ。

 それぞれの国内事情から「ヤスクニ」を外交カードとして使わなければ
ならない中国や韓国、また、それに対抗するうちに、「慰霊」の場としての
靖国を忘れそうなこの国。

 日本遺族会会長であり、父をソロモン沖で失った尾辻秀久参院議員は
「苦い思いをかみしめ」ながら、この混乱は、日本人が自らの過去と向かい
合ってこなかったツケだ、という。
合祀されたA級戦犯たちの問題がいつまでもくすぶり続けるのは、日本人
自身の手で彼らの責任を問わなかったからではないか、と〈5〉。

 わたしの親しい週刊誌記者が、ある時、「嫌韓」や「反中」記事なんか
書きたくないが、売れるから仕方ないといったことがあった。
だが、メディアには、冷静さを取り戻そうとする動きもある。

 週刊現代の特集は「『嫌中』『憎韓』『反日』 何でお互いそんなにムキに
なるのか?」〈6〉。
「憎しみの連鎖」が続く現状を「常軌を逸している」とし、それぞれの国の
事情を取材しつつ、日本人の根底にある「差別意識」に触れる。

 「憎しみに気をとられるな」という声が聞こえる。
社会に溢れる「憎しみ」のことばは、問題を解決できない社会が、その
失敗を隠すための必須の品なのだ。

 最後に、わたしの個人的な「靖国」について書いておきたい。

 父親のふたりの兄はアッツ島とフィリピンでそれぞれ「玉砕」している。
大阪に住んでいた祖母は、上京すると靖国に詣でた。
そんな祖母に、わたしの父親はこういって、いつも喧嘩になった。

 「下の兄さんの霊が、靖国になんかおるもんか。あんだけフランスが
好きだったんや、いるとしたらパリやな」

 では、その、わたしの伯父は「英霊」となって靖国にいるのだろうか、
それとも、パリの空の下にいるのだろうか。

 父は、兄たちが玉砕したとされる日になると、部屋にこもり、瞑目した。
それが、父の追悼の姿勢だった。
もちろん、父は祖母の靖国行きを止めることもなかった。
「忘れられた皇軍」兵士、ジョ・ラクゲンは父と同い年だ。

 伯父の霊は、靖国にもパリにもいないような気がする。
「彼」がいる場所があるとしたら、祖母や父の記憶の中ではなかっただろうか。
その、懐かしい記憶の中では、伯父は永遠に若いままだったのだ。
「公」が指定する場所ではなく、社会の喧噪から遠く離れた、個人の
かけがえのない記憶こそ、死者を追悼できる唯一の場所ではないか、
とわたしは考えるのである。

 
 〈1〉籾井勝人(もみいかつと)NHK新会長の発言(記事「従軍慰安婦『どこの国にも』」
=本紙26日付)

 〈2〉大島渚監督「忘れられた皇軍」(日本テレビ・ノンフィクション劇場=1963年放送)

 〈3〉「靖国参拝はお粗末な大誤算」ニューズウィーク日本版1月14日号、特集
「劇場化する靖国問題」同1月28日号

 〈4〉前川祐輔・深田政彦「劇場化する靖国問題」ニューズウィーク日本版1月28日号

 〈5〉尾辻秀久参院議員の発言(記事〈4〉で紹介されたもの)

 〈6〉「『嫌中』『憎韓』『反日』 何でお互いそんなにムキになるのか?」週刊現代
1月25日・2月1日合併号

 
 たかはし・げんいちろう 1951年生まれ。明治学院大学教授。
初のルポ作品である近著「101年目の孤独」では、子どものホスピスなど内外の
様々な場を訪ね歩いた。 



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