[CML 029237] 森達也の「この国はまた同じ時代を繰り返す」という論 ――治安維持法制定時の新聞の見出しと秘密保護法制定時の新聞の見出しの相似性にただ呆然とする

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2014年 1月 28日 (火) 01:43:03 JST


治安維持法制定時(1925年)の新聞の見出しと秘密保護法制定時(2013年)の新聞の見出しを比較してみようと思います。

以下が治安維持法制定時(1925年)の新聞の見出しです。

      http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-769.html をご参照ください。
 
以下が秘密保護法制定時(2013年)の新聞の見出しです。

      同上

まるで1925年のできごとが2013年の昨年のことのようです。

1925年(大正14年)とはどういう年だったか? 年表を見てみます。

1月
娯楽雑誌『キング』創刊
イタリアのベニート・ムッソリーニが独裁宣言
日ソ基本条約締結(日本はソ連を承認)
レフ・トロツキー失脚

2月
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)再建

3月
東京放送局(後の日本放送協会)がラジオ放送開始

4月
治安維持法公布

5月
活動写真フィルム検閲規則が内務省令で発令
普通選挙法公布(25歳以上の男子に選挙権)
上海で五・三〇事件

6月
五・三〇事件対応のため日米伊の陸戦隊が上陸
6月6日 - 米国でクライスラー社設立

7月
広東に国民政府が成立
アドルフ・ヒトラー『我が闘争第1巻』公表

11月
山手線で環状運転開始(御徒町駅開業・秋葉原駅旅客営業開始)
アドルフ・ヒトラーを保護する組織としてナチス親衛隊設立

12月
農民労働党結成、即日結社禁止
京都学連事件、京都府警察部特高課が京大・同志社大などの社研部員33名を拘束。
ソ連で第14回共産党大会開催(スターリンの一国社会主議論が採択、トロツキーの永続革命論は排除)
大日本相撲協会(後の日本相撲協会)設立
朝鮮総督府庁舎完成

この年、イタリアではムッソリーニは議会演説で「独裁制の推進」(独裁宣言)を宣言し、日本とソビエトとの間には日ソ基本条約が締結され
ました。そして、4月に治安維持法が公布され、5月には普通選挙法(25歳以上の男子に選挙権)も公布されています。

この治安維持法が公布された年(1925年)のことをウィキペディアは『治安維持法』の「法律制定」の項で次のように説明しています。

      「1925年(大正14年)1月のソビエト連邦との国交樹立(日ソ基本条約)により、共産主義革命運動の激化が懸念されて、1925年
      (大正14年)4月22日に公布され、同年5月12日に施行。普通選挙法とほぼ同時に制定されたことから飴と鞭の関係にもなぞらえ
      られ、普通選挙実施による政治運動の活発化を抑制する意図など治安維持を理由として制定されたものと見られている。治安
      維持法は即時に効力を持ったが普通選挙実施は1928年まで延期された。 
法案は過激社会運動取締法案の実質的な修正案で
      あったが、過激社会運動取締法案が廃案となったのに治安維持法は可決した。」
      http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%BB%E5%AE%89%E7%B6%AD%E6%8C%81%E6%B3%95

さて、上記の治安維持法制定時の新聞の見出しと秘密保護法制定時の新聞の見出しの写真は、森達也の「治安維持法制定時の新聞を
見て実感、この国はまた同じ時代を繰り返す」(ダイヤモンド・オンライン 2014年1月27日)に掲載されていた治安維持法制定時の新聞の
見出しの写真に昨年末の秘密保護法制定時の新聞の見出しの写真をインターネットから抽出して付加したものです。

森達也は治安維持法制定時の新聞を見たときの感想、その呆然のさまを次のように書いています。以下、森達也の文(抜粋)。

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差し出された新聞の見出しに呆然とした

授業終了後、早稲田大学の4年生で南京の授業をモグって聴講している杉森祐幸が、「先生これ見てください」と言いながら、手にしたスマ
ホを南京の目の前に差し出した。何で学生のスマホを見なくてはならないんだ。僕の携帯はガラケーだからバカにしているのか。

「違いますよ。写真を見てほしいんです。治安維持法成立直前の新聞を大学の図書館で検索して、その見出しを撮影したんです」

言われてしぶしぶ見た。次の授業の準備があるから忙しいのに。でも見ると同時に呆然とした。(1)の見出しは「世論の反対に背いて治安
維持法可決さる」。そして(2)は「無理矢理に質問全部終了」。どちらもどこかで目にしたばかりのフレーズだ。思わず南京は訊いた。

「……本当にこれは当時の新聞の見出しなのか?」
「当時です」
「ここ数日の見出しと変わらないじゃないか」
「まだあります」

言いながら杉本は、画面に当てた指をスライドさせながら次の写真を見せる。ガラケーしか持たない南京は、この気取ったような指の動き
がどうにも憎らしいのだけど(しかも操作するときの顔も何となくドヤ顔に見える)、今はそんなことを言っている場合じゃない。(3)の見出し
は「治安維持法は伝家の宝刀に過ぎぬ」。……伝家の宝刀? 一瞬だけ過去と現在がさらに入り混じったような感覚に襲われて混乱した
けれど、続く小見出しの「社会運動が同法案のため抑制せられることはない」との記述で理解できた。要するに法案を拡大解釈して国民を
縛ることなどありえないと(政権は)主張しているのだ。

これを見て実感した。時代はまた繰り返す

治安維持法が成立した時期は、大正デモクラシーの全盛期だ。このときの首相は護憲派のシンボル的存在であり、ロシアとの国交回復の
立役者でもあった加藤高明(憲政会)だ。だからこそ政府は、ロシアの無政府主義や共産主義思想の流入に神経を尖らせた。そうした時
代背景をベースにすれば、(4)の見出し「日露国交回復の日に『赤』の定義で押し問答~定義はハッキリ下せぬが、この法案だけは必要
だと言う治安維持法委員会」の意味はより明確になる。「アカ」(共産主義者)は当時、やはり国家に害を為す「絶対的な悪」の代名詞だった。
ちょうど今の「テロ」のように。

……数秒だけ沈黙してから、「ここまで同じ状況だとは思わなかったな」と南京はつぶやいた。神妙な表情で杉森はうなずいた。

「いろんな人が日本はまた同じ時代を繰り返すって言っていたけれど、今ひとつピンとこなかったんです。でもこれを見て実感しました。この
国はこの先どうなるのでしょう」
「……ボクはもう50代半ばを過ぎたから」
南京が不意に言った。
「もし戦争が始まっても、もうさすがに前線に行くことはないはずだ」
杉森は首をかしげる。南京が何を言おうとしているのかわからない。
「行くのはおれたち若い世代ということですか」
「そうなるね。仕方がないよ。この政権をあれほどに支持したのだから」
「支持したのは俺たちの世代だけじゃないです」
「選挙に行かないのが悪い」
「いや先生、今は誰が悪いとか悪くないとか論ずべきではなくて……」
「うるさいうるさい。とにかく悪いのはおまえたちだ!」

そう言ってから南京は、両手両足を奇妙な仕草で振りながら教室を飛び出した。どうやらパニックになったらしい。その後姿を見送りながら
杉森は、こういう人はいつの時代にも一定数いたのだろうなと考えた。ぎりぎりまではそれらしく頑張るけれど、最後の瞬間にだらしなく取り
乱して保身に走る。あるいは忘れたふりをする。

……とにかく何とかしなければ。スマホをポケットにいれながら杉森は思う。だってここは他人の家ではない。自分たちが暮らしている自分
たちの家なのだから。遠くで南京の悲鳴が聞こえる。どうやら階段から転げ落ちたらしい。(「治安維持法制定時の新聞を見て実感、この国
はまた同じ時代を繰り返す」より。「リアル共同幻想論」 【第73回】 2014年1月27日) 

http://diamond.jp/articles/-/47352
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東本高志@大分
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