[CML 029235] < テント日誌 1月27日(月) 経産省前テントひろば 870日、商業用原発停止 138日目 「伊方の家」通信NO.4>

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2014年 1月 28日 (火) 00:55:36 JST


(転送します)

テント日誌 1月27日(月)特別版

経産省前テントひろば870日目 商業用原発停止138日目

 「伊方の家」通信  No.4       14.01.27

No3を発信してから随分時間がたった。東京は都知事選をめぐる動きでヒートアップしているのだろうが、伊方の家も10日から随分慌ただしくなった。
 10日には東京からOさんが応援に駆け付け、大飯監視テントの中心メンバーだった若いU君もスクーターでやってきた。積もる話をしながら、翌日の佐多三崎半島でのチラシ配布の準備をする。
 11日、新年最初のゲート前行動は30名の参加と賑やかなものであった。徳島から学生たちも参加していれば、宇和島からは幼児連れの若いママたちも参加している。南予地域、松山、今治、新居浜、徳島、大阪、東京からと広くつながり、全国の原発現地の幟旗がはためいている。いよいよ再稼働阻止へ正念場の闘いの火ぶたを切った、という思いが伝わる。
 きらら館でなごやかに昼食を取った後、20名で戸別チラシ配布に向かう。皮きりの今日は半島の先端地域、旧三崎町エリアからスタートした。瀬戸内側に、かつて村落決議でもって原発に長く反対してきた地域があると聞いて勢い込んで向かったが、山が海へと落ち込んでいく斜面に家が軒を重ねるように建ち並んでいて、古い石段を上り下りしながらのチラシ配布は本当にきつかった。若いU君でさえ「こんなに大変なチラシ配布は初めてだ。大飯の時以上だ。そのかわりここでのチラシ1枚の重みは東京での1000枚に匹敵する」という。
 今日のチラシ配布の中で、井戸川さんの講演会について、ポスターを貼ってあげるから持っておいでと言ってもらったり、詳しいことが決まったら連絡ほしいという電話を後ほどもらったり、足の便さえあれば参加したい、という要望を聞いたりと手ごたえ十分であった。
 チラシ配布終了後、伊方の家で10人ほどが今後について相談。そしてそのあと新年会として、Iさんが用意してくれた魚で鍋を囲む。

 12日は早朝からIさんの車で今治まで村上誠一郎の国政報告会を聞きに行く。もしかしたら何十年ぶりかで今治にいる友人と会えるかも…と期待したが、それは叶わなかった。帰りに松山で伊方原発止める会のKさんと会い、お話を伺う。基準地震動をめぐって四電の自信なげな泣きの入った興味深い話や、東京都知事選への期待や、ざっくばらんで情熱的な話しぶりにおおいに共感させられる。
 

13日は東京のOさんの超安全運転で九町の手前あたりに行き、チラシ入れする。港は広々としていたが、家々は傾斜地に建っていてやはり石段を上り下りしてのチラシ配布は苦労であった。
 

14日、Oさんは今日東京に帰るのであるが、帰りのバスまでの1時間ほど八幡浜市内でチラシ入れをしようという。Oさんの熱意・エネルギーに感心しながら一緒にチラシ入れで歩き回った。遠くで振り返った時のチラシにジっと見入る年配者の姿が印象に残る。翌15日は、1人で伊方の家近辺でチラシ入れをおこなった。すると中にごく近くで、反原発のステッカーが入口に貼ってある家があった。それを見た時の感動は大変なものであったが、後ほど伺い話をすると、ゆうき農産生協のステッカーも貼ってあり、斉間さんをよくご存じの方であった。夕方M子さんがやってきたが、M子さんも以前からよく知っていて、来る途中でその方と出会い、私が訪ねたことが話題になったそうだ。
 井戸川さんの講演会をなんとか伊方町内で実現したいといろいろ努力が払われたが、確保できたかに思えた会場は町当局から待ったがかかり、結局ダメとなった。急きょ、八幡浜を16日に切り替え、15日は高知ともつなげて南の方の宇和島市で開催することになった。伊方ではずっと長く言論・表現の自由はなかったという。ようやく薄日がさしてきているように思えたが、まだまだ壁は厚いと思い知らされる。
 

16日、丁度半島の中ほどにチラシ入れに行く。途中出会った人たちは事故への不安を口にする。終り頃、同行のHさんが石段をずっと上に上った家に行ったまま降りてこない。20分ほど待ったであろうか。おばあちゃんたち5人が集まっているところで話しこんだそうだ。おばあちゃんたちは口々に不安を言い、止めなきゃいけない、再稼働させてはいけない、四電は信用できない、事故があれば自分たちは見捨てられる、助けてほしい、と言ったそうである。彼は「原発を止める役目の人か」と聞かれたそうだ。やはり住民の中では不安が渦巻いているのだ。

 17日から、テントの行動や再稼働阻止全国ネットワークの全国討論会や対規制庁交渉に参加するために上京した。経産省前でマイクを持って見上げた時、あまりにもコンクリートの巨大な塊に取り囲まれて異様な気分であった。海とみかん畑の続く山と軒の低い家々の風景に慣れ親しんだ身にとって霞が関の光景は「世界が違う」という実感であった。この「異様な世界」が地方の地域社会の運命を弄び、蹂躙していくのかと改めて怒りが湧いてくる。
 長くなったので一旦これで終え、21日に戻ってからのことは次へと回したい。 
 (Y・T)


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