[CML 029192] 澤藤統一郎弁護士の「『憲法を暮らしに生かす』ことの意味」という論攷と憲法会議から送付されてきた執筆謝礼金相当額の受領を拒絶する「返信状」 ――「澤藤統一郎の憲法日記」(2014年1月24日)より

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2014年 1月 25日 (土) 23:31:51 JST


私は東京都知事選告示の前日の1月22日に「『宇都宮健児君、立候補はおやめなさい』問題 最後の反論 ――東京都知事
選の告示日を明日に控えて」という記事を書いたとき、その記事の最後を下記のように結んでおきました。

      「標題に『最後の反論』とあるのは『『立候補』はおやめなさい』問題に関してのみのことです。憲法会議の「言論弾圧
      問題』や『希望のまち東京をつくる会』の体質批判の問題はまだ終っているわけではありません。」

澤藤統一郎弁護士も昨日からあらたな装いで憲法会議の「言論弾圧問題』と『人にやさしい東京をつくる会』の体質批判をはじ
められています。その第1回は昨日付けの「『憲法を暮らしに生かす』ことの意味」という論攷と憲法会議から送付されてきた執
筆謝礼金相当額の受領を拒絶する「返信状」。
http://article9.jp/wordpress/?p=1987

以下、そのうち憲法会議から送付されてきた執筆謝礼金相当額の受領を拒絶する澤藤弁護士の「返信状」を転載させていた
だこうと思いますが、その「まえせつ」として「『憲法を暮らしに生かす』ことの意味」の後段の文章から引用させていただきます。

・「返信状」のまえせつとして(「『憲法を暮らしに生かす』ことの意味」より)
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近代的な意味における憲法は、自由主義を基調とするものである。国家権力を必要ではあるが危険なものと見なして、国家
権力の恣意的発動から国民個人の自由を守ることを憲法の第一任務としている。換言すれば、憲法の名宛て人は国家なの
だ。主権者国民が国家に宛てて、その権力発動を規制する命令の体系が憲法だという理解である。

しかし、現代の現実社会においては、このような考え方だけでは「憲法を暮らしの隅々に生かす」には不十分だ。「会社の敷
地には憲法はない」「校門をくぐれば、憲法などと言っておられない」「家庭に憲法は無縁」「市民運動内部に憲法なんて持ち
出すな」…。憲法会議は、「憲法を暮らしに生かしましょう」というスローガンで、暮らしの隅々にまで、人権や民主主義や平
和の理念を生かそうと呼びかけているものと解される。企業も、私的な団体も、もちろん民主運動も、憲法の理念を護らね
ばならない、というメッセージである。さすがは憲法会議である…と思っていた。昨年の暮れまでは。

ほかならぬその憲法会議が私の言論を封じたのである。「憲法を暮らしに生かしましょう」とモットーを掲げる団体にあるま
じきことではないか。

その経過は繰り返さない。下記2件のブログを参照していただきたい。

http://article9.jp/wordpress/?p=1926
宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその26(2014年1月15日)

http://article9.jp/wordpress/?p=1936
宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその28(2014年1月17日)

本日は、その事後処理である。先ほど、下記の書面とともに、8000円の為替を書留便で憲法会議に返送した。意のある
ところを酌んでいただきたい。

以下は、澤藤統一郎弁護士の憲法会議宛て「返信状」。

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                          2014年1月24日
憲法会議御中(平井正事務局長殿)
                             澤藤統一郎

本年1月22日付貴信を翌23日夕刻に拝受いたしました。
拝受した貴信の全文は次のとおりです。
「前略
  澤藤統一郎先生には、『月刊憲法運動』誌へのご執筆をお願いいたしましたが、残念なことにその後の事情で掲載断念
のやむなきに至りました。
  同封した為替(額面8,000円)はご執筆謝礼相当分です。ご査収ください。
  領収書を添付しましたので、お手数ですがご返送いただければ幸いです。
  それでは失礼いたします。
  早々」

 貴信の文面では、「掲載断念のやむなきに至りました」となっていますが、これは貴会の責任を糊塗した不正確な表現で
納得いたしかねます。「やむなきに至りました」とは、あたかも貴会自身は一貫して拙稿の掲載を希望したにもかかわらず、
その希望実現に支障となる外部的な客観的事情が生じたとでも言いたげな物言いです。しかし事実は、私の抗議と説得
を敢えて無視して、貴会ご自身の意思において、一方的に貴誌への拙稿掲載の合意を破棄したものであることをご確認
いただきたいと存じます。

 貴会の否定にもかかわらず、実は、貴会が特定の団体や個人の意向を忖度して拙稿掲載の拒否に至ったのではないか
ということが、私の推察するところです。そのことが「やむなきに至りました」という表現に表れているのではないかとも感じら
れます。しかし、この点については、貴会事務局長は1月8日面談の際には、強く否定され、自主的な判断だと言われてい
ます。そのとおりであれば、「やむなきに至りました」ではなく、「当会の意思を変えました」と言わねばならないのではありま
せんか。

 同じ理由から、「掲載断念」も不正確です。正しくは、貴会の意思によるものであることを明確にして、「掲載拒否」あるい
は「掲載拒絶」「掲載謝絶」「掲載峻拒」と言うべきでしょう。

 従って、「いったん、『月刊憲法運動』誌へのご執筆をお願いしご了承を得ましたが、その後に当会の意思を変更して、一
方的に掲載を拒否いたしました」というべきところです。

 また、「その後の事情で」掲載断念とされていますが、私がブログ「憲法日記」で、「宇都宮健児君、立候補はおやめなさ
い」のシリーズの掲載を始めたのは12月21日です。貴会からの執筆依頼は12月27日。そして、一方的な違約の申し出
は1月8日でした。「その後の事情」とは私の宇都宮君への批判それ自体ではなく、私の宇都宮君批判が貴会内であるい
は貴会の周囲で、話題となり問題として受けとめられるようになったこととしか理解できません。ことは、表現の自由、批判
の言論の自由に関わる問題です。もっと率直に、どのような議論があってのことか明らかにしていただかない限りは到底
納得できません。

 なお、当該合意の履行における私の利益は、靖国問題に関する拙稿を掲載していただくことによって、私の考えや情報
を憲法問題に高い関心を寄せている貴誌の読者に知っていただくことにあります。貴会の執筆依頼も私の執筆承諾も、
けっして経済的取引の次元における契約ではありません。

私の執筆承諾の動機が執筆謝礼8000円の受領にあるものではないことを明確にし、併せて貴会の一方的な違約によっ
て失われた私の利益が拙稿の貴誌掲載自体にあることを強調するために、さらにはこの問題は重大な教訓を含むもので
ありながら未解決であることを確認する意味も込めて、「執筆謝礼相当分として送られてきた損害金8000円」は受領を拒
絶いたします。そのままご返送いたします。

 貴信には、貴会が憲法の理念を擁護することを使命とする運動体でありながら、自らが憲法理念を蹂躙したことへの心
の痛みや反省を感じ取ることができません。
  また、私の憲法上の権利を侵害したことへの謝罪の言葉もありません。むしろ、「8000円の送付で問題解決」と言いた
げな文面を残念に思います。私は、国家権力だけではなく、私的な企業や団体における憲法理念の遵守が大切だと思っ
てまいりました。本件は、その問題の象徴的な事例だと捉えています。

 繰り返しますが、貴誌への掲載論稿は岩手靖国訴訟に関わるものであって、宇都宮君批判の論稿ではなかったのです。
貴会は周囲を説得して、私の表現の自由を擁護すべきだったのです。私は、貴会に反省していただきたいという気持を持
ち続けます。この問題はけっして終わっていないことをご確認ください。
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東本高志@大分
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