[CML 029154] 原発、独仏の選択(朝日新聞1月21日)

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2014年 1月 24日 (金) 02:25:00 JST


2014.1.21
朝日新聞・朝刊
原発、独仏の選択 セジン・トプチュ(フランス国立科学研究センター研究員)、
ヘルムート・バイトナー(ベルリン自由大学環境政策研究センター上席研究員)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S10935802.html?ref=pcviewer

東京電力福島第一原発事故からまもなく3年。事故があっても原発を推進する
フランスと、脱原発を加速させるドイツ。
隣同士の欧州の大国は正反対の原子力政策をとっている。
世論形成になぜ違いが出たのか。両国の専門家に聞いた。

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【フランス エリートが世論を巧妙に操る セジン・トプチュさん】

 福島の事故後、ドイツ、スイス、ベルギー、イタリアと相次いで脱原発を表明
しました。
フランスでもオランド大統領が事故1年後の大統領選で、原子力への発電
依存率75%を将来、50%に下げるとの公約を掲げました。
しかし実現は不確かで、当面、原子力政策に重要な変更はなさそうです。

 1986年のチェルノブイリ原発事故では、政府は国民に「ソ連の粗悪な
技術によるもの」と説明し、突き放しました。
しかし日本はハイテク先進国です。
「大事故はフランスでも起こりうる」と言わざるを得ませんでしたが、同時に
「津波と地震の二重災害がフランスで起きることはほぼありえない」と強調しました。 


 福島事故1年後に組織された「人間の鎖」にはフランス全土で6万人が参加
しましたが、強い反対は起きませんでした。
これまでの政府や原子力業界が続けてきた反対をうまくかわす戦略と効果的な
話法の結果と言えます。

 フランスの原子力政策の特徴は、非常に限られた集団、人脈で決められる
点にあります。
理系エリート養成校であるエコール・ポリテクニーク出身の専門家が、関連
官庁や電力業界を人事的に行き来しています。
超エリート集団の彼らが「原子力は公益性があり、科学的に確実なもの」と
いう完璧な理論をつくりあげました。

 技術論争に誘導

 70年代は科学者、労働組合、地方議員、教員、環境団体らの強い反対が
ありました。
政府は運動が大きくなりそうな候補地の原発建設を急ぎました。
工事が始まれば反対はしぼみます。
立地自治体は企業税で潤い、豪華な水泳プールの建設が流行し、地方議員の
反対は減っていきました。
原発見学は国をあげてのツーリズムになりました。
こうした姿は日本と似ているのではないでしょうか。

 同時に政府は反対の声を過小評価する戦略をとります。
「反対派の主張は合理的ではない」といった評判を広げるのです。
社会学者、言語学者、心理学者らを使い「反対派は感情的で無責任。
(学生運動が激しかった)68年の生き残りの長髪姿」というステレオタイプの像を
作り上げました。

 当初、反対派は「原子力は、権威主義的で技術優先の管理国家を生む」と
いった社会論の立場から反対したのですが、推進側は「コストが安い」「事故
確率はほぼゼロ」「廃棄物は少ない」といった専門性の枠にはめこんでいき、
技術論を展開しました。
議論が「専門家対反対派専門家」の構図に押しこめられ、専門用語を多用
する論争に誘導されました。

 技術論争への偏りは80年代に反対運動が弱まった一因でしょう。
反対派が専門知識を増すことは重要ですが、反対派と国の「武器」は平等
ではありません。
国は予算、施設、人員を抱えています。
結果的に反対運動は原子力技術への批判を、脱原発や代替エネルギー
開発に向けた運動にうまく結びつけることができませんでした。

 そんな反対派を社会党が受け入れたこともあります。
ミッテラン大統領が81年の大統領選で「エネルギー政策の国民投票実施」
「高速増殖炉スーパーフェニックスの停止」「外国の使用済み燃料の再処理
をしない」「原発建設の一時凍結」などを掲げたのです。
しかし、多くは守られませんでした。

 また今のところ、核兵器や原発、エレクトロニクスで高い科学技術を持つ
ことを「国の誇り」とする政府の話法に対して、多くの市民は無批判的だといえます。 


 欧州の動き影響

 ただ、フランスも変わる可能性があります。
原子力推進派は「市民はほぼ一貫して原子力に賛成だった」と言います。
ただそれは大規模で組織的な世論コントロールに負う面が大きく、歴史的に
みて市民が真に原子力を支持してきたというのは「神話」です。

 欧州のエネルギー転換の波はフランスにも関係します。
昨年、エネルギー政策に関する大規模な国民的議論の場が政府によって
設けられました。
高レベル廃棄物処分場の選定では地元に反対があります。
安全当局は古い原発などの安全上のもろさを指摘し、原発廃炉費用の
過少見積もりの問題も出ています。
こうしたことにより原子力を絶対視する風潮が消えるかもしれません。
(聞き手・竹内敬二)

 Sezin Topcu フランス国立科学研究センター研究員 78年生まれ。
社会学者。昨年、仏政府による原子力論争のコントロールについて分析した
「原子力のフランス」(La France Nucleaire)を出版。

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【ドイツ 戦後の反省、市民運動の土壌に ヘルムート・バイトナーさん】

 ドイツは2022年までに脱原発をすると決め、国民の大部分が支持
しています。
エネルギー産業も原発推進への政治的な介入やロビー活動は今や弱く、
原子力ではない分野、特に自然エネルギーの普及が経済活動を大きく
できる機会だと捉えるまでになりました。

 福島の事故では、遠く離れたドイツでも何十万人もが反原発デモに
参加しました。
被曝を恐れ、放射線を測定するガイガーカウンターを買う人も多かった。
それに比べ、日本の人たちの反応は穏やかすぎます。
その違いは、両国の政治文化の違いから生じています。

 もし今、ドイツで原発事故が起きれば、ちょっとした事故でも反原発団体
だけでなく、普通の人たちも巻き込んだ大規模な抗議運動が起きるでしょう。
原子力産業を厳しく規制し、さらに早く脱原発を進めるよう求めるはず。
原発推進側もそれを知っています。

 脱原発の流れは最近始まったわけではありません。
1970年代の南西部での原発建設阻止に始まり、再処理工場計画断念や
高速増殖炉の放棄など数十年にわたる長い歴史がある。
背景には、第2次大戦後のドイツの政治的な歩みが深くかかわっています。

 反核から反原発

 旧西ドイツでは戦後、男女平等や環境保護、反核運動など新しい市民
運動が生まれました。
東西冷戦の最前線だったドイツは、核兵器に対する反対が特に強かった。
大物政治家らが核武装を目指そうと考えたこともありましたが、研究者や
市民の運動によって断念せざるを得ませんでした。
こうした運動に反原発が結びついたのが、日本と違う点です。
濃縮ウランや核燃料サイクルで取り出すプルトニウムは平和利用を
すると言っても核兵器にも使える。
そうしたことに多くの人々が敏感でした。

 原発立地地域で始まった反原発運動は州レベルに発展し、ベルリン
などの大都市に広がります。
そんな社会運動が発展し、緑の党が80年に誕生しました。
日本でもかつて安保闘争などがありましたが、市民の支持を得て全国
規模で政治的に組織化されることはなかった。
それは、戦後も日本が中央集権国家であり続けた点が大きい。
中央集権国家は国と同レベルの力を持つ組織の存在を嫌がり、そう
ならないように介入します。

 ドイツには、中央集権的だったナチス政権が起こした戦争、そして
敗戦で東西に分割された混乱に対する深刻な反省があります。
大きな過ちをすると取り返しがつかなくなることを思い知ったのです。
そこが、社会階層がはっきりし、一部エリートが政策を決める傾向が
ある英仏と違います。
経済界や官僚などの支配機構に自分たちの社会をつくるのを任せる
のでなく、その「代わりになりうるもの」が必要だと考えたのです。

 危機感弱い日本

 旧西ドイツには戦後、州政府が大きな力を持つ連邦国家として、
地方自治のシステムが導入されます。
これで、様々な人が地域の社会活動に幅広く参加し、いろいろな
意見を持って交渉の議論に参加する土壌ができました。

 さらに、一人一人の市民が行政に対して裁判できる権利が法律で
強化され、反原発運動で多くの訴訟が起こされました。
すべてで勝ったわけではないですが、決着がつくまでに時間がかかる。
反原発運動を抑えるコストが高くつき、推進側が断念する原因の
一つになりました。

 ドイツ人の多くは、原子力は破滅的な大惨事を引き起こす技術的な
危うさがあるだけでなく、政治の不透明さや腐敗につながると見て
います。
推進する政財官の複合体が原子力における様々な問題を隠し続ける
ために、情報公開など民主主義の基本的な権利を侵害しかねないと
考えています。

 日本は大事故を起こしたにもかかわらず、今後も起きる危険性が
あるとの認識が弱い。
むしろ福島の悲劇に人々が慣れてしまっています。
原発推進側は、事故が起きても政治的に抑えこめると福島が示した
とさえ考えているのかもしれない。
日本が原子力で今までと違う道を目指すなら、人々や企業がもっと
強い環境意識を持ち、その発言が政治に反映されやすいよう、情報
公開や市民活動の促進強化などを法的に支える仕組みが必要です。
(聞き手・桜井林太郎)

 Helmut Weidner ベルリン自由大学環境政策研究センター上席
研究員 48年生まれ。
専門は政治科学。ベルリン社会科学研究センターの上席研究員を経て、
現職。75年以来たびたび来日し、日本の環境政策にも詳しい。

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キーワード

 <3・11後のフランスとドイツの原子力政策> 
2011年3月の福島の原発事故を受け、58基が稼働中のフランスは
オランド大統領が12年5月の大統領選で、原子力の割合を減らし、
最古のフェッセンハイム原発(2基)を閉鎖するという公約を掲げたが、
見通しははっきりしない。
核燃料サイクルは商業規模で自前の施設を持ち、推進を堅持。
ドイツは17基の原発のうち8基を即時停止。残りも22年までに止める。 



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