[CML 029058] 【2/2】宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその30 澤藤統一郎の憲法日記 

Yabuta Tohru ynntx at ybb.ne.jp
2014年 1月 20日 (月) 00:48:25 JST


藪田です。

フーテンの寅さんは「それを言っちゃお終いよ」が口癖である。宇都宮氏並びに選対は「それをやっちゃお終いよ」をやってしまったのである。

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公選法には言論活動に対する「弾圧法規」部分と、経済力で選挙や選挙運動を歪めてはならないとする「民主的」側面とがある。両者を混同してはならない。
  革新陣営は、公選法の「民主的」側面を活用して、保守の金権・企業ぐるみ選挙を批判してきた。批判する革新の側には、徹底したクリーンな選挙が要求される。
   私が指摘する4点の疑惑は、弾圧法規部分ではない。徳洲会と同質なもの。
※私が宇都宮君を批判する本質的理由
 (1) 人として譲ることの出来ないものは、「一寸の虫にも五分の魂」の矜持。
  この「人間の尊厳」が、憲法上の人権(13条)として究極的な価値なのだ。
  人権侵害の主体が、国家権力であろうと、企業・暴力団・市民運動組織、また「宇都宮ブラック選対」であろうとも、断固として闘わねばならない。
  宇都宮選対と宇都宮君は、私と私の息子の、人間としての尊厳を傷つけた。
  だから私は徹底して闘う。妥協の余地はない。人権侵害を受けた者は、声を上げなければならない。これを私憤と切り捨ててはならない。
 (2) いかなる組織にも幹部批判の自由は絶対に必要。批判のないところに組織の発展はない。民主主義を標榜する組織において批判の言論封殺はもってのほか。
宇都宮選対と宇都宮君は、汚い手口でそれをやった。私は徹底して闘う。
※私が闘う手段は言論のみ。不当な仕打を広く社会に知ってもらうことが対抗手段。
 どのような理由であろうとも、対抗手段としての言論の封殺は許されない。
 ブログは、言論の自由が重んじられる社会における素晴らしいツールだ。
 相互批判の自由を尊重しなければならない。宇都宮陣営は、3弁護士連名の「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」(1月5日付)を公表している。私の主張と読み較べていただきたい。
   http://utsunomiyakenji.com/pdf/201401benngoshi-kennkai.pdf
※私のブログ発言に、裏から聞こえる批判のパターン。
  ★大所高所に立つべきだ。大局を見誤るな。
⇒被害者は「大所高所」論に怯んではならない。叫ぶべきである。
    ⇒人権侵害への異議の声に耳を傾ける寛容こそ「大所高所」に立つ姿勢。
  ★利敵行為ではないか。「敵」に塩を送るな。
    ⇒「敵」とは人権を侵害する加害者である。
     人権侵害を放置し、被害者の訴えを封殺する行為こそが「利敵行為」だ。
  ★選挙とは「よりマシな候補」を選ぶもの。宇都宮は「よりマシ」ではないか。
⇒被害者にとって、人権侵害者が「よりマシ」ではあり得ない。
⇒「よりマシ」論は、「宇都宮降りろ」「脱原発候補一本化」につながる。
  ★批判は結構だが、今はまずい。選挙が終わってからやるべきだ。
    ⇒無力の被害者が声を上げるのだ。最も効果的な時期を選ぶのが当然。
    ⇒私は前回選挙以後問題提起し続けて1年無視され、だまし討ちにされた。
  ☆どれもこれも、権利侵害された弱者の側に「泣き寝入りせよ」との立論。
   批判・異論を許さぬ「小さな権力と、それに迎合するミニ翼賛体制」という、
   民主運動の体質が問われている。批判の自由を許さぬ組織・集団は衰退する。
  ☆運動の体質だけでなく、一人一人の個人としての自立の姿勢が問われている。
   小さな権力を支えるミニ翼賛体制に与するのか、拒絶するのか。
※私は、意義のある問題提起をしえたと考えている。
 詳しくは、ブログ「澤藤統一郎の憲法日記」(http://article9.jp/wordpress/)を参照いただきたい。

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