[CML 028910] 【1/2】宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその23 澤藤統一郎の憲法日記

Yabuta Tohru ynntx at ybb.ne.jp
2014年 1月 12日 (日) 21:56:51 JST


藪田です。

ついに、「宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその23」となった。澤藤統一郎弁護士、筆力にも驚かされる。ふつう、これだけ長い文章を書くと、当然とちゅうで息切れする。論理的破綻が見えたり、緊張度も低下する。

並々ならぬ頭脳の持ち主である。弁護士として雇うなら、澤藤統一郎弁護士はおすすめである。宇都宮健児弁護士は、これほどの盟友を自ら切ってしまったのである。愚かというしかない。

また、運動論、組織論として、澤藤統一郎氏や澤藤大河氏の指摘は、極めて本質をついたものである。

http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/
醍醐聡のブログ
「利敵行為」論を考える(1)  1月12日

加えて、醍醐聡氏の最新の【「利敵行為」論を考える(1)】の論は、東本氏がさらに解釈を加え投稿すると思うが、ぜひともこの澤藤氏のブログと併読されることを希望する。長文であるが、深い洞察に貫かれている。

なお、元熊谷伸一郎選対事務局長(岩波書店勤務)が、また、今回の選挙選でも、事務局長として動いているそうである。あきれ果てるしかない。

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http://article9.jp/wordpress/
澤藤統一郎の憲法日記

宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその23

事件の発端が、わたしの息子・大河に対する選対本部の随行員任務外し。前回都知事選の最終盤2012年12月11日午後9時過ぎのこと。任務外しの「命令」をしたのは、選対本部長の上原公子さん(元国立市長)、お膳立てし実行したのは選対事務局長の熊谷伸一郎さん(岩波書店勤務)。そして、宇都宮君は、この任務外しをされた二人の随行員に問題の解決を約束しながら、結局放り投げた。忙しいからなどという言い訳は通用しない。およそ1年もの考慮期間があったのだから。

本日掲載する文書は、その随行員任務外し事件直後の時期に、大河がまとめた事件の経過とその総括に関する一文である。前回都知事選投票の当日まだ開票結果の出ていない時点で、選挙に携わった関係者にメール送信されたものだ。是非、入念にお読みいただきたい。

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                                  2012年12月16日
         「運動のポテンシャルを摘み取ったもの」
                          候補者随行員・澤藤大河
●はじめに
 今回の都知事選は、宇都宮都知事の誕生を望む多くの市民が参加し、多くの政党がこれを支持する今までにない形態の選挙だった。私もまた、完全無償のボランティアとして、告示前の11月19日以来、連日候補者の随行員として運動に参加してきた。
 投票日の本日、心から宇都宮都知事の誕生を望んでいるが、選挙結果にかかわらず、今回の私たちの運動は、さらに大きくなる可能性があったのに選対の体質・体制により自ら摘み取ってしまったことにおいて、失敗であったと私は考えている。私が運動に参加した当初、この運動には大きなポテンシャルがあることを肌で実感した。しかし、そのポテンシャルはついに顕在化することはなかった。これを「失敗」という。
 人の尊厳を踏みにじる石原都政や、組織・企業の利益を最優先として人権を軽視する東京電力等の姿勢に絶望して宇都宮都知事の誕生を期待し、多くの市民がボランティアで参集してきた。しかし、皮肉なことに宇都宮選対の内部では、参集したボランティアを選対メンバーや事務局員より低く見る差別主義やいじめ・パワハラが横行していた。
 選対本部長上原公子さんや選対事務局長熊谷伸一郎さんから、私になされた突然の理不尽な「任務はずし」は、これを象徴する事実といえるだろう。
 私になされた仕打ちを多くの人に知っていただくとともに、今後の運動の本質的問題提起として考えていただきたい。

●事実経過
 前記の通り、私は11月19日以降、11月24日と12月5日を除き、連日、候補者の随行員をつとめてきた。おそらく私が最も街頭宣伝の現場を知る立場にあった。また、最も長く候補者と時間を過ごし、取材・政見放送収録・公開討論会・集会の幕間演説・現地視察や街頭宣伝のほとんどすべてに参加した。候補者と陣営の利益のために、気概をもって交渉を行い、候補者の利便と安全を確保し、確実に予定を遂行できるよう全力を尽くしてきた。私の任務遂行能力と献身性は、候補者をはじめ現場にいる多くの人が認めるところであるし、選対本部長・事務局長も何ら否定していない。
 ところが、突然、12月11日21時頃、事務局長熊谷さんから電話があり「本部長の上原さんが話がある」と選対事務所に呼び出された。選対事務所で上原公子さんからあるボランティアの女性(以下Tさんとする)について、「随行員からはずす」ことと、私については「12日に休暇を取ること」の2点について口頭で指示された。その際上原さんは、「これは命令です」と明言した。私は、上原さんには命令する権限がないこと、私は命令を受ける筋合いでないことを明言し、「命令」を拒絶した。
 その「命令」を発するにあたり事前の事情聴取は全くなく、理由の説明を求めたが具体的な説明は一切なされなかった。2分間の事情聴取を求め、上原さんも合意したにもかかわらず、それさえも一方的に途中で打ち切られた。
 翌12日、私もTさんも以前からの予定通り街頭宣伝に参加したが、既に現場責任者たる車長に対して、随行員から外すとの指示が行き届いており、乗員が満席になるように配置され、事実上随行から排除された。
 私もTさんも、現場における混乱を避けなければならないと思い、その後無理に選挙カーに搭乗したり、現場で口論するなどの行為は一切行っていない。
 以後投票日までの三日間、私もTさんも、随行員としても現場の運動員としても運行表に登録されることは一切なかった。
 また、私は加入していた連絡用のすべてのメーリングリストから一方的に秘密裏に排除された。
 私は、その後、連日最寄り駅での街頭宣伝、ポスティングなどを自発的に行い、支持の拡大に努めた。
 Tさんも連日、自発的に街頭宣伝に参加していた。特に15日には、候補者の山手線一周宣伝を応援したいと考え、自発的に候補者のそばで街頭宣伝に協力していたが、17時頃に新宿にて事務局員の内田聖子さんに「あなた、なんでここにいるの。随行はさせないように本部からいわれているのだから、帰りなさい」と面罵された。Tさんは不本意であったが、候補者が一連のいきさつを現認しており、心配そうな顔をしていたため、候補者に心配をかけることは本末転倒であると考え、丁重にその場を辞した。
 私は、四回にわたり、上原さんに対して「命令」の撤回と謝罪を求め、事実関係の確認を求める文書を電子メールおよびFAXで送ったが、一切無視されており、2012年12月16日17時現在回答はない。
 なお、私が随行員となったのは、事務局長熊谷さんの当初の指示に基づくものであった。Tさんが同行していたのも、街頭宣伝の現場で人員が不足していたので、増強を強く選対本部に求めたのに対し、何の対応もなされなかったことから、宣伝現場の責任者たる杉原車長および副車長たる木村さん、随行員の私、そのほか熱心に街頭宣伝に参加していた5人のボランティアが参加した12月4日の会議で、協議の結果決めたことであった。


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