[CML 028875] 映画『永遠のゼロ』についての考察(3)

まっぺん mappen at red-mole.net
2014年 1月 11日 (土) 21:21:31 JST


まっぺんです。自分の名前を入れるのを忘れてました。長いので3つに分けて送りま
した。

■宮部久蔵は国家主義者か?
 私は「戦争美化」の条件をふたつあげました。ひとつは「聖戦思想」です。当時の
日本人の恐らく多くが帝国主義政府の宣伝に飲み込まれ、「鬼畜米英」への憎悪を燃
やしていたことでしょう。またそうではない者も当時の言論統制と社会的風潮の中で
政府の宣伝と強制に公然と反対する事はできなかった。そうした中で、宮部は「祖国
防衛」だの「正義の戦い」だのとは一切言っていません。それどころか、この戦争に
対する批判めいた言葉をいくつも残しています。映画では省略された部分もあります
が、それでもいくらかは出てきます。戦争全体についてどう思っていたのかはまった
く語っていません。
もうひとつの「戦争美化」の条件は「国家主義」です。国家のために個人の人権やい
のちを犠牲にする。この「国家主義」に対しては、宮部は真っ向から対立する立場に
ありました。そしてこの映画全体を最後まで貫き通す「国家よりもいのちが大事」と
いう宮部のメッセージがあるからこそ、最後の感動があるのです。ネタばらしはマ
ナーに反するので言えませんが、宮部は国家よりも家族への愛情をはるかに大切にし
ていたのです。だから「腰抜け」と言われた。また戦友たちにも「絶対に生き残れ」
と言い続けた。

■死んだ部下を擁護する宮部
 宮部が人のいのちをいかに大切にしていたかを物語るエピソードはいくつか出てき
ますが、その中でも死んだ部下を擁護するシーンは印象的です。戦争末期、宮部は教
官となって後進を育てる任務についていました。その部下の一人が操縦に失敗して地
面に激突して死んだ。上官の中尉は「精神が足りなかったからだ」「軍の風上にも置
けない」と罵倒します。黙ってうなだれて聞いている部下たちの前で宮部は「伊藤は
立派な男でした」と敢然と反論し、逆上した中尉によってめちゃくちゃに殴りつけら
れます。この時初めて、部下たちは宮部教官がただの腰抜けではなく、人のいのちを
大切にし、部下たちの事を思っているのだと知ります。
 実は映画には出て来ないのですが、宮部が死んだアメリカ兵に示す態度も当時の日
本軍の常識から外れています。宮部は米兵の胸ポケットに入っていた女性の写真を見
てから、裏の文字を読み、もとのポケットに戻します。そしてそれをもう一度取り出
そうとした仲間を殴りつける。宮部は、あの写真はこの米兵の妻だ、一緒に葬ってや
りたいと言う。こうした、人の命を大切にする宮部のやさしさが最後に、逆説的です
が特攻志願へと彼を向かわせる事になります。

■宮部はなぜ特攻を志願したか
 宮部は個人の犠牲を強要する帝国主義軍隊の中で、それに逆らって人の命を優先さ
せ続けてきました。しかし戦争末期、特攻戦術が採用されたために、自分が教えた若
い学生パイロットたちが次々と死んでゆく。最初は操縦試験の「不合格」を出し続け
ることでそれを阻止していましたが、それも出来なくなる。この頃から宮部の態度が
おかしくなっていきます。その理由は容易に分かります。「死ぬな、生き残れ」と言
い続けてきた自分が、生き残るためではなく敵に体当たりするための操縦技術を教え
ている。そして「教官」という安全な地位にいて教え子たちを次々に死地へ向けて誘
導し、体当たりを見届けて帰ってくるのです。これは宮部にとっては「地獄」にほか
ならない。
 私は『ビルマの竪琴』のところで「多くの戦友が死んでゆき、自分だけが生き残っ
てしまった」当時の兵士たちの気持ちについて指摘しました。宮部の場合はそれどこ
ろじゃない。もっと酷いものです。自分が手を下しているようなものですから。だか
ら宮部が特攻に志願したのは、この苦悩から逃れるために死んで行こうと決意したか
らです。またそれは自分が志願すれば、少なくともひとりは一日だけでも生き延びる
という選択でもあった。

■宮部はなぜ飛行機を交換したか
 この「戦友が死に、自分だけは生き残る」かもしれないという「試練」は、特攻機
に搭乗した瞬間にもう一度、久蔵の前に現れます。それは「エンジン音」です。彼は
非常に耳が鋭く、整備士さえ聴き逃すようなちょっとした音の違いからエンジンの不
調を見抜く。映画ではちょっとだけしか出てないので見逃すかもしれませんが、これ
が最後の出撃の時に重要な鍵となります。最新型の零戦52型に搭乗した久蔵は、す
ぐに部下のひとりに「飛行機を交換してくれ」と申し出ます。果たして部下が乗った
52型はやがてエンジン不調のため不時着し、彼は生き残ることになる。
 宮部にはこの事が分かっていた。だから自分の命を助けてくれたことのある部下に
この飛行機を譲ったのです。もしそうしなかったら、おそらく宮部は一生後悔し続け
たことでしょう。明らかに故障すると分かっている飛行機に搭乗し、まんまと自分だ
け生き残る事になるからです。この宮部の特攻志願と飛行機交換とが最後の感動へと
つながる。

 およそこんな内容です。最初に述べたように「いろいろな批評」がありうる。また
「批評の自由」があって初めてゆたかな評価と批判とが可能となります。この映画を
どう解釈しどう評価するかはそれぞれ違っていていいと思います。私は感動的な映画
として評価します。大事なことは「自分で見て評価する」ことじゃないでしょうか。
また、ぜひとも「本で読む」ことをお薦めします。

■映画には出てこなかった事
 死んだ米兵へのやさしさもそうですが、おそらく時間的制約によって省略されたエ
ピソードがいくつかあります。例えば宮部久蔵はプロに匹敵する囲碁の名手であった
事です。それでその評判を聞いた上級の将校たちと囲碁を打つ。この中でも痛快なエ
ピソードが綴られています。映画では宮部は戦争が終わったら何がやりたいか聞かれ
て黙っていましたが、小説を読めば碁打ちになる事を決意していた事がわかります。
戦争との関係で言えば、将棋は戦術の遊び、囲碁は戦略の遊びと言われます。宮部は
将棋しかできなかった山本五十六について「囲碁を知っていればあんな戦争はしな
かっただろう」と語ります。日本軍には「戦略思想」が無かった。
 それから、健太郎の祖母が亡くなったときに祖父が激しく号泣するシーンが出てき
ます。これには理由があるのですが、映画では解き明かされません。本を読まなけれ
ばわからない。作者の百田尚樹は右がかった思想の持ち主のようですが、長年のテレ
ビ業界の仕事経験から、自分の思想を盛り込んだらヒットしないだろうと分かってい
たんじゃないでしょうか。だから思想的主張は抑えたのだと思います。この映画を貫
く最大のテーマは国家主義でも聖戦思想でもなく「家族への愛」です。戦争という究
極の逆境の中にあっても貫かれた夫婦の強いきずなに、読む人・観る人は感動するの
です。

■余談ですが―安倍は何に感動したか
 安倍首相が感動したそうですが、いったい「何に」感動したのでしょうか? たい
へん不思議です。おそらくこの映画が持っているメッセージ=「逆境を乗り越えた夫
婦の愛のきずな」について分かっていないのではないかと思います。なぜならこの映
画は、自民党が提唱する新憲法草案の趣旨とも対立する内容だからです。その対立軸
とは「人権問題」です。自民党の新憲法草案には反動的な面がいろいろありますが、
その根幹には「国家主義」が貫かれています。これまでの日本国憲法が保障する基本
的人権を「天賦人権説」として退け、国家が認める範囲に限定するという立場が安倍
自民党の新憲法草案の主柱です。つまり「人権よりも国家」。それは「国家よりも人
のいのち」を優越させるこの映画のテーマと対立しているのです。
 にもかかわらず安倍首相が感動したのだとすれば、戦闘機や戦車に乗ってはしゃぐ
ミリタリーオタクで国家主義な首相が「国家のために戦闘をしている」シーンを喜ん
で観ているだけなのではないでしょうか? 空中戦のシーンはよく出来ています。し
かし思想性はない。まぁゲームセンターでシューティングゲームに夢中になっている
子どもとあまり違いがない。それからこの映画には海上自衛隊も協力したそうです。
そうした情報、つまり「安倍首相が感動した」「作者は右翼的思想」「海上自衛隊も
協力した」などの外殻的キーワードによって判断するのか、それとも内容を自分で観
て判断するのか。本の読み方、映画の見方はそこが分かれ道だと思います。



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