[CML 028858] 【2/2】宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその21 澤藤統一郎の憲法日記

Yabuta Tohru ynntx at ybb.ne.jp
2014年 1月 11日 (土) 01:17:40 JST


藪田です。

後半は、澤藤大河氏が2度にわたって、上原公子氏あてに「抗議文」を出している。まったく理路整然としている。国立市長をやったことのある自分はエライ人だから、「命令」できるとでも思ったのでしょうか。命令したけど、思わぬ反論にタジタジの感がうかがわれます。


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                「命令」の撤回と謝罪を求める         

                                    2012年12月12日
上原公子様
                                澤藤大河
 私は、12月11日午後9時ころ、上原公子さんから携帯電話で四谷の「会」事務所に呼び出されて、「あるボランティアの女性について、その活動からはずす」ことと、私の12日の行動について「休暇を取ること」の2点について口頭で指示された。その際上原さんは、「これは命令です」と明言した。これに対して、私は、「上原さんには「命令」する権限はなく、私には「命令」に従う義務もない」と返答した。
 この上原さんの指示は結論のみを一方的に告げるもので、理由の説明の求めに応じることもない点で手続的に不当極まるもので、内容においてもまったく合理性を欠くものであった。
 とりわけ問題とすべきこととして、ボランティア参加者に「命令」ができると考えているその一点で、市民運動の組織原則上到底看過できない根源的な誤りにもとづくものである。
 私たち「会」の参加者は、理念を共通にして自発的に参集した仲間である。いうまでもないが、誰もが対等平等な関係にある。その仲間どうしが、効率的に行動するために組織を形づくり、任務を分担している。選対本部長だの事務局長だのという任務は、既存の権力を配分しているのではなく、あくまで、参加者の合意に基づくものである。いかなる場合にも、他の参加者への行動の要請には合意と納得が必要で、誰にも他の者に対する「命令」の権限などはない。要請の実効性は、手続と内容の合理性に担保された説得と納得にのみ支えられている。上命下服、上意下達は、私たちの敵の論理であって、私たちには無縁である。
 権力者のごとく、使用者のごとく、ボランティア活動参加者に「命令」をする権限は誰にもない。市民団体内で「命令」権限があるとの考えはまったくの誤りであり、このような考え方は払拭しなければならない。なお、「命令」は用語の問題ではない。合意なく一方的に処分がなされた実態こそが問題なのである。
 上原さんには、速やかに自らの非を認めたうえ、私に対する「命令」の撤回と謝罪を求める。

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       再度、「命令」の撤回と謝罪を求める
                              2012年12月13日
上原公子様
                               澤藤大河
 12月12日、私はあなたに宛てて後記の通知を電子メールで送信したが、その返答に接していない。のみならず、あなたは12日には、私と女性随行員を街宣チームから意識的に排除する態勢を作るよう指示した。本日午前2時34分には、あなたの指示によるものと思われる熊谷伸一郎さんからの電子メールが届いており、「指揮系統」に入らない者には役割を担わせることはできないという内容であった。
 この件は、私の私憤だけで収まる問題ではなく、宇都宮選挙の総括に象徴的な意味をもつものとしても、また市民運動のあり方に関わる問題としても看過できないものと考える。あなたが選対本部長として、ボランティア参加者である私に、問答無用で「命令」できるとする、「人にやさしく」ないその体質が、多くの宇都宮選挙への参加希望者への障壁となり、失望を招いて現実に多くの離脱者を出し、本来もっと大きくなるはずの運動の輪を縮めたものと指摘せざるを得ない。
 現代の息苦しい社会の片隅で、「いじめ」「パワハラ」の被害に遭っている人々が、宇都宮都知事誕生に大きな期待を寄せ、ボランティアとして参加してきたのに、あなたの行動は、その期待を裏切るもので、まさに石原都政や東電と同質の論理に基づくものに他ならない。
 再度、速やかに「命令」の撤回を求めるとともに、「市民が市民に「命令」する権限などない」ことを確認する意味で自らの非を認めての謝罪を求める。
 もし、早急にあなたの誠実な対応が得られない場合には、今後の市民運動の健全な発展のために、選対組織が解散する前に、事実経過と私の問題意識を全関係者にお知らせして、深刻な問題としてお考えいただく手立てを講じるつもりであることを申し添える。

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以上の通知の中に、「私憤」という言葉が出てくる。「この件は、私の私憤だけで収まる問題ではなく、宇都宮選挙の総括に象徴的な意味をもつものとしても、また市民運動のあり方に関わる問題としても看過できない」という文脈においてである。

なぜ、大河と女性随行員(Tさん)が、「街宣チームから意識的に排除」されることになったのか、次回、次々回で述べることとしたい。問題は、「宇都宮選挙の総括に象徴的な意味をもつ」ものでもあり、「市民運動のあり方に関わる問題」とも思われるのであるから。

宇都宮君は、最初はこの選挙最終盤における「任務外し」の事実に驚いていた。大河とTさんに、随行員としての不適格や落ち度はなく、「とてもよくやってくれている」ことを認めてもいた。ところが、後に「要するに、(スタッフに対する)澤藤さんの息子さんの対応が非常に問題だった」と態度を一変させる。

宇都宮君、それはおかしい。理不尽な扱いによって尊厳を傷つけられたという訴えが、君の一番身近にいた随行員二人から訴えがあったのだ。君は、二人の訴えに誠実に向かい合うべきだったのに、それをしなかった。それは、君の革新共闘候補としての不適格を象徴している。だから、宇都宮君、立候補はおやめなさい。
(2014年1月10日)


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