[CML 028845] 非武装・不戦エッセイ その8 「国家」および「国家の安全保障」について 前半 井上澄夫 

井上澄夫 s-inoue at js4.so-net.ne.jp
2014年 1月 10日 (金) 15:55:34 JST


みなさんへ この拙稿は少し長いので、2回に分けて送信します。まず前半。
                      転載自由・拡散希望 井上澄夫


〈非武装・不戦エッセイ〉  その8

                  井上澄夫 米空軍嘉手納飛行場・一坪反戦地主 


●「国家」および「国家の安全保障」について

 昨年の12月17日、安倍内閣が「国家安全保障戦略について」を閣議決定した。ここでは同「戦略」の内容ではなく、まず「国家」と「国家の安全保障」について考える。
 ※ 閣議決定された「戦略」とそれに基づく新「防衛大綱」および「中期防」については別に書く予定である。

 まず手近の三省堂刊『新明解国語辞典』を見ると、国家とは「一定の領土に住み独立の統治組織を持つ人民の社会集団」とある。だがこの定義は国家なるものが不可侵の神聖なるものと思わされ、それに疑問を抱かない人びとにとっては違和感があるだろう。なぜならそういう人びとにとって国家は「人民の社会集団」を超越する〈あるもの〉だからである。単なる人間集団ではない何らかの霊的超越性を付与されないと明瞭に「国家」と感じないのである。そこはかとなくありがた味がないし、奉仕し甲斐がない。
 岩波書店の91年版『広辞苑』では国家は「一定の領土とその住民を治める排他的な権力組織と統治権とをもつ政治社会」であるが、この定義も国家に至高の神秘性を求める人びとを納得させないにちがいない。国家神道が帝国臣民に仕込んだ毒はそれほどまで底深い悪影響を及ぼし続け、戦争と無縁の戦後世代まで巻き込んでいる。

 こういう神秘主義的国家観は天皇を戴く大日本帝国においてはあまねく共有された社会常識だったが、その疑うべくもない常識は1945年の敗戦を経ても断絶しなかった。それは敗戦で虚脱状態の旧帝国臣民に新生日本への脱皮を志向しそれをになう力が余りに弱く、自らの戦争責任を痛切に自覚しなかったからだ。それゆえ万事「だまされた」で済ませて戦犯の追及を怠り、戦後補償に背を向けた。 
 こうして戦前・戦中に叩き込まれた「国家」に超越的な価値を見出そうとする心性は変わらなかった。その点では、日本社会に戦前と戦後の断絶はない。自分が〈主権在民〉原理の主体であるという根本的な意識革命はごく一部でしか起きなかったのだ。大日本帝国は崩壊し帝国陸海軍は解体されたにもかかわらず、「天皇の国」の観念は依然として敗戦国民の脳裏に生き続け、天皇制と軍隊の蘇生の基盤になった。それゆえ国家にあらがうことを今でも「犯罪」と感じ、抵抗を自粛する心理から解放されない。

 『新明解』には先の定義に続けて「和語的表現は国(クニ)」とあるが、靖国参拝閣僚などが判で押したように「国のために命を捧げた英霊」とか「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊」(2013・12・26、安倍晋三談話「恒久平和への誓い」)と語るときの「国」は大日本帝国であって、日本国憲法をもつ現代日本ではない。「天皇の国」のために死んだからこそ「英霊」なのである。
 しかし戦没者の死を美化して政治利用するのは許されない大犯罪である。軍国主義教育を叩き込まれ、勇んで前線におもむいた人がたとえいたにせよ、「兵隊にとられた」(徴兵で入営させられたの意─長男を戦争で失った私の祖母が繰り返した表現)人びとが本当に「国に命を捧げる決意」を固めていたのかどうか、「英霊」をかつぐ政治家たちは山ほどある戦記を片っ端から読んでみるがいい。

 1・6付時事通信の記事「新追悼施設に否定的=安倍首相」にこうある。
 〈安倍首相が6日夜、東京都内のイタリア料理店で俳優の津川雅彦氏らと懇談した。靖国神社に代わる新たな国立の追悼施設建設も話題になり、首相は「別の施設を造ったとしても、赤紙1枚で戦争に駆り出されて犠牲になった方のご家族は、そこにはお参りしないだろう」と否定的な考えを示した。
 出席者によると、首相は「『靖国で会おう』という一言でみんな死んでいった。その魂というのは、あそこにあるんじゃないか」とも語ったという。〉
 記事は「靖国で会おう」とにこやかに言い交わし……という類のステレオタイプ化された美談に安倍が呪縛されていることを暴露しているが、私家版を含む数々の戦記にはその種の神話とは無縁の応召者の最期が数多く記録されている。
 ほんの一例だが、すでに物故された知人の元従軍看護婦は「お母さんとつぶやいて逝かれた兵隊さんは何人もいましたが、天皇陛下万歳と言って亡くなった兵隊さんはいませんでしたよ」と証言した。




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