[CML 028642] 【澤藤大河氏の批判・指摘さえ解決できなようでは、東京都知事などとても無理】宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその12/澤藤統一郎の憲法日記

Yabuta Tohru ynntx at ybb.ne.jp
2014年 1月 1日 (水) 22:32:45 JST


藪田です。

私が不思議に思うのは、上原公子(前国立市長)・熊谷伸一郎(岩波書店勤務)の問題をなぜ解決しなくて、1年もほっていたのかということだ。上原公子(前国立市長)・熊谷伸一郎(岩波書店勤務)がやった事は、組織運営上の重要な問題を含んでいた。にもかかわらず、事無かれ主義に陥っていたのか。

「宇都宮健児君」は、ほっておけば、自然と解消する。または、ほっておいてよい問題と思っていたのなら、「宇都宮健児君」は問題認識能力、問題解決能力に、「問題」があると言わねばならない。

さて、東京都知事になるという事は、上原公子(前国立市長)・熊谷伸一郎(岩波書店勤務)の問題とは比較にならないほど、問題認識能力、問題解決能力が、何倍、何十倍、何万倍と要求される立場になることだ。

上原公子(前国立市長)・熊谷伸一郎(岩波書店勤務)の問題さえ、さらっと解決できなかった「宇都宮健児君」に、東京都知事は、はたして務まるのかと思う。

また、澤藤統一郎氏、その息子澤藤大河氏は、けっして粗末に扱うべきボランティアではなかったはずである。さらに、訴えは何度もあったはずである。

澤藤統一郎氏、その息子澤藤大河氏を軽く扱うようでは、名もなき支持者の意見など、一顧だにせられず、無視される可能性がある。

革新系を称しながら、知事になったら、市民の意見は無視。与党自民党のいいなりになった知事は、故青島幸男東京都知事。千葉の元堂本暁子知事といる、そのあと失望感・反動から、東京都では、石原新太郎になり、千葉では森田健作が生まれた。

不思議なのは、「宇都宮健児君」の周りにいた連中だ。なぜ唯々諾々と、上原公子(前国立市長)・熊谷伸一郎(岩波書店勤務)の問題を、軽くあつかったのか。

澤藤大河氏の批判・指摘に、こころ動かせられなかったようでは、市民派、革新派などと名乗る資格はない。

************************************************************
澤藤統一郎の憲法日記

宇都宮健児君、立候補はおやめなさいーその12

世の習いにしたがって、新年のご挨拶を申し上げます。
 明けましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いします。
とはいうものの、さして目出度い正月ではない。
特定秘密保護法、靖国神社参拝などで、大きな批判を受けて支持率を下げながらも、安倍自民の暴走は止まりそうにない。2月9日都知事選は、これに一矢報いるチャンスであるが、まだ宇都宮君は立候補断念に至ってはいないようだ。

本日の「しんぶん赤旗」7面に、大きく宇都宮君の紹介記事が掲載されている。その見出しを拾えば、「安倍政権の暴走ストップ」「暮らし第一清潔な都政に」「希望を持てる東京へ」そして、小さく「猪瀬疑惑の解明」となっている。赤旗自身の解説記事欄には、知事選の意義を「国の悪政の防波堤に」「福祉優先に転換を」とされている。

まことにそのとおりだ。諸手を挙げて大賛成。ぜひ、そのような選挙を闘い抜いて、そのスローガンが結実する都政の実現を心から願う。「安倍政権の暴走ストップ」を「石原後継の暴走ストップ」と書き換えさえすれば、前回選挙の私の思いそのままである。家族総出で宇都宮君を応援した。その結果が、猪瀬圧勝と宇都宮惨敗であった。それだけでなく、宇都宮君自身の「人にやさしくない」本性と、コンプライアンスの欠如を知った。

「安倍政権の暴走ストップ」は、私の心から願うところ。しかし、宇都宮君にはその力がない。単に選挙に勝つ見込みがないと言っているのではない。宇都宮君を候補者とした選挙では、その選挙を「安倍政権の暴走ストップ」の大きな運動とすることも、大きな運動のきっかけとすることもできない。

「暮らし第一清潔な都政に」も、誰もが願うこと。しかし、宇都宮君には、「清潔」を語る資格がない。君の道義性を欠いた汚い手口や、約束を反故にして平気な気質、そしてコンプライアンス欠如の姿勢には、目に余るものがある。むしろ、彼には大きなリスクがある。政党や市民団体が彼を推すことには、その大きなリスクを引き受けることの覚悟が必要だ。

再三申し上げているとおり、コンプライアンスの欠如には、宇都宮君だけでなく、選対に結集した各弁護士の責任も大きい。もちろん、私が責任を免れることもできない。自分の不明を恥じてお詫びする。そのうえで、私ができることは、こうして事実を明らかにして革新陣営の今後の選挙に警鐘を鳴らすこと、そして、私も含めて、前回選挙に深く関わったものは今回の選挙に関わるべきではないことを進言することだと思っている。

赤旗の記事の中には、党としての宇都宮君への支持表明の記事はない。慎重に避けている印象だ。前回宇都宮君支持を表明した政治勢力のうち、宇都宮君の支持を表明したものはない。よくお考えいただきたい。本当に、推すに値する候補者なのか。推して大丈夫な候補者なのかを。

問答無用で人を切るブラック選対である。問答無用でメンバーを騙し討ちにする「人にやさしい東京をつくる会」である。切られた痛みを訴える運動員の権利救済(名誉回復)を放置し、1年後に放り出した宇都宮君である。かれに、ブラック企業対策などできようか。弱者に優しい都政を期待できようか。宇都宮君と一緒に、ブラック企業批判など笑止の沙汰ではないか。

宇都宮陣営の選挙違反疑惑を自ら解明し摘発することのできない宇都宮君である。自分自身の選挙違反疑惑も抱えている。このような候補者と一緒に、「清潔な都政」を目指すというのは自己矛盾でしかない。「猪瀬疑惑」追及の以前に、「宇都宮疑惑」の追及の声があがるはず。宇都宮君には、徹底した猪瀬追及はできない。

本日の「毎日」社説が読み応えある。「民主主義という木 枝葉を豊かに茂らそう」というもの。その中の一節を引用する。

「民主主義とは、納得と合意を求める手続きだ。いつでも、誰でも、自由に意見を言える国。少数意見が、権柄ずくの政治に押しつぶされない国。それを大事にするのが、民主主義のまっとうさ、である。」

「『統治する側』が自分たちの『正義』に同調する人を味方とし、政府の政策に同意できない人を、反対派のレッテルを貼って排除するようなら、そんな国は一見『強い国』に見えて、実はもろくて弱い、やせ細った国だ。」

ここでは「国」が語られているが、あらゆる組織、あらゆる集団にあてはまる。私は、この社説の「統治する側」を「宇都宮君とその選対」に置き換えて読み込んで、我が意を得たりと、新春の笑みをこぼしている。

2014年の年頭。新しい時代を切り拓きたいと思う。なによりも、個の確立が必要だ。特定秘密保護法反対運動の中で確認したはずだ。束ねられた国民が国の主人公ではない。一人ひとりの個人こそが、民主主義政治過程の主人公だ。「政策に同意できない人を、反対派のレッテルを貼って排除するようなら」、それは民主々義の風上にも置けない。

宇都宮君、君は敢えてそれをやってのけた。しかも、騙し討ちの手口で、だ。だから君は、革新統一の候補者としてふさわしくない。

だから、ご忠告申し上げる。宇都宮君、都知事選への立候補はおやめなさい。
(2014年1月1日) 



CML メーリングリストの案内