[CML 029881] 【『フェアな未来へ』 W・ザックス、T・ザンタリウス〈編〉】「予防的戦争」ではなく「予防的公正」を。文明の軸を「成長」「競争」から「公正(フェア)」へ。震災後日本への最高の指南書

uchitomi makoto muchitomi at hotmail.com
2014年 2月 26日 (水) 11:07:06 JST


私にとっての理論的指導者(ジュビリーなどの債務問題やATTACなどの活動を通じて)であるスーザン・ジョージさんが本の帯で推薦文を書いていたので(ほとんど絶賛。「『予防的戦争』ではなく『予防的公正』を 何がアンフェアなのか」「事実としての正確さ、概念としての適切さ、それらを包みこむ不動の倫理的基盤−これ以上何を求めることがあろうか?本書はザックスの他書同様、学識者、市民いずれにとっても最良いの図書である」)つい書店でふと手にとって見て高価な本でしたが購入しました。脱成長と公正な世界を結びつける「緑の党」にとっても貴重な提言の書です(と思う)。京都で読書会・研究会を始めたいと思いましたが、まずは訳者解題を書かれている翻訳者の京都での講演会をと考えたらベルリン在住とのこと。関心のある方は一緒に読書会をしましょう!

内容紹介

人間にとって「豊かさ」とはなんだろうか。震災後のいま、そう自問する人は少なくないだろう。私たちは同じ日本に住む同朋を、未来の世代を、そして世界中の多くの貧しい人々を生命の危険に晒してまで、いまの「モノに溢れエネルギー使い放題の生活」を維持したいわけではない。従来型の経済成長モデルを保持し続ければ、世界中の多くの人々を危険に晒すことになるだろう。当然、私たちとて安泰ではない。グローバル化とともに立ち現れた温暖化危機、資本主義経済の構造的暴力、科学技術の負の影響は、私たちの日常にも遠慮なく滑り込む。現代社会は富を蓄積する以上にリスクを蓄積しているからだ。いま私たちに必要なのは、世界中の人々を取り込んでなお地球を居住不可能とはしない、新たな「豊かさのモデル」である。

本書において、ヴォルフガング・ザックスとティルマン・サンタリウスほかドイツの環境シンクタンク・ヴッパータール研究所の調査グループは、数年にわたる研究と議論の集大成として、そうした新たなモデルを描き出す。彼らが提案するのは、省資源型で自然の持続可能性を保証する経済社会だが、それは地球環境の保全を考えるだけでは実現しない。環境の研究者は社会的公正の問題の前を素通りするが、エコロジーの問題と公正の問題はコインの裏表だからだ。ここで提示されるのは、その両方を同時に解決するモデルである。

彼らはまず、地球上の資源分布とその偏った利用状況を調べ、「資源の公正」とは何かを模索する。続いて、自由貿易の名のもとで行われてきた不等価交換の事実を明らかにし、効率的な資源配置をもたらす健全な市場競争の駆動力を削がずに、なお「世界で最も恵まれない立場に追いやられた人々の利益を最大化する」貿易の在り方について考える。さらに省資源型の繁栄の鍵は自然エネルギーベースだとして、エネルギー利用、交通、農業などにどのような劇的変化が求められるのかを示す。最後に、経済活性化の理念が人権、公正の基本理念、環境保全に優先しない、新たな世界市場の秩序、そのために必要な政治的再編のモデルを描く。本書は、震災後の新生日本を模索する私たちにとっても指南の書となるに違いない。(かわむら・くみこ 東京都市大学環境情報学部教授)
内容(「BOOK」データベースより)

「予防的戦争」ではなく「予防的公正」を。文明の軸を「成長」「競争」から「公正(フェア)」へ。震災後日本への最高の指南書。

朝日新聞(書評)『フェアな未来へ』 W・ザックス、T・ザンタリウス〈編〉
http://www.asahi.com/articles/DA3S10981730.html

2014年2月16日05時00分

W・ザックス、T・ザンタリウス編

『フェアな未来へ 誰もが予想しながら誰も自分に責任があるとは考えない問題に私たちはどう向きあっていくべきか』

 ◇「予防的公正」は処方箋となるか

 「公正(フェア)」とは何か。これは倫理的な問いに留(とど)まらず、私たち自身の利益に直接影響を与える問題だと本書は述べる。たしかに私たちは、世界規模での不公正には関心が向かいづらい。目前の欠乏や不利益である予算不足や失業率にはすぐに影響されるが、気候変動や貧困、さらには国際的な資源競争などについては、自分たちの手に負えない話のように考えてしまう。だが、この見解そのものを改めるべき時期が来たようだ。

 今の世界では、資源争いは局地的な問題にとどまらない。たとえば近年の中東の歴史は国際世界の石油問題と密接な関わりを持つ。巨大な人口規模を誇る中国やインドが海外資源を大食いしていくことも、世界に影響を与えずにおかない。これらは単なる資源不足の問題でも、安全保障の未整備でもなく、最終的には、公正(フェア)か不公正(アンフェア)かの問題に行き着くという。

 印象に残ったのは「予防的公正」という概念である。人類史を紐解(ひもと)けば、古代ギリシャの時代から、成功した社会の維持に不可欠なものは「公正の原則」である。今日公正さは、グローバル化により一国内のみならず世界規模で考えねばならない課題となった。これまでグローバル化の推進者たちは、自らの利権の追求にばかり野心を燃やし、公正さを念頭に置いて来なかった。この結果出来上がった不公正な世界では、新たな紛争の火種やテロの脅威が蔓延(まんえん)し、社会の成立基盤までもが脅かされる事態となった。だがテロ撲滅の旗印と紛争地域への軍事介入は、結局のところ「予防的戦争」を招くものでしかない。これに代わり、公正と環境への配慮から成る介入によって、テロも紛争も平和的に予防すべきだと本書は述べる。公正はもはや慈善事業の問題ではなく現実的な政策理念なのだ、と。

 公正さの見直しは、「豊かさ」そのものの見直しへと結びつく。いわゆる「幸福のパラドックス」、つまり経済成長が一定水準を超えると個人の幸福感はむしろ低減するという皮肉な事実が示唆するように、もはや時代遅れになった豊かさモデルが、亡霊のように世界にうごめいているのを実感した。公正さを無視し、旧来の豊かさモデルを刷新することなく放置すれば、世界はやがて一部の国に資源が集中した「グローバルアパルトヘイト」となるだろう。これを防ぐためには、すべての人々を包摂し、かつ居住可能な環境を保持する「グローバル民主主義」を目指すべきだ――本書では、エコロジカルで公正な社会を作り上げることの意義が、繰り返し真摯(しんし)に説かれていく。この意見を理想主義的と一笑に付すか、現実を変える処方箋(せん)と見るか。判断は読者諸氏にお任せしたい。

 〈評〉水無田気流(詩人・社会学者)

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 川村久美子訳・解題、新評論・3990円/Wolfgang Sachs ドイツの環境シンクタンク「ヴッパータール気候・環境・エネルギー研究所」のベルリンオフィス所長。Tilman Santarius フリーのサイエンスライター。NGO「グリーンウオッチ」理事。 		 	   		  


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