[CML 029377] 「世に倦む日日」ブログの実録・宇都宮候補批判第2弾 ――「宇都宮健児の自宅を訪れて辞退を迫ったのは澤地久枝だった」

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2014年 2月 3日 (月) 23:16:14 JST


先に私は「世に倦む日々」ブログの「落合恵子への都知事選の出馬打診 - 宇都宮健児のフライング」という記事をご紹介しま
したが、今度の「宇都宮健児のフライング」第2弾も重要です。実録として見逃せない記事です。

以下、「世に倦む日々」ブログの実録第2弾「宇都宮健児の自宅を訪れて辞退を迫ったのは澤地久枝だった」の要約(全文は
同ブログをご参照ください。2日程度の間であれば全文を読むことができます)。

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■宇都宮健児の自宅を訪れて辞退を迫ったのは澤地久枝だった(世に倦む日日 2014-02-03) 

http://critic20.exblog.jp/21601643/#21601643_1

告示前、宇都宮健児の自宅を深夜に訪れ、立候補を降りるよう迫った人物がいて、それが澤地久枝であったことが明らかとな
り、ネットの中が騒然となっている。前回の記事で紹介した、岩上安身が配信しているIWJの動画(0:57:00)の中で、宇都宮健児
がこう言っている件がある。宇都宮:「告示前の1/22の夜中にね、私の自宅まである方が訪ねて来て」、岩上:「ある方って文化
人ですか」、宇都宮:「いや、まあ、それは言いませんけど、降りてくれということで、うちのカミさん、びっくりしましたよ」、岩上:
「夜中の12時に、夜中の12時に自宅に」、宇都宮:「(その前の夜は)1時間ちょっとしか寝てないんですよ。(中略)それで、やっ
と夜中に帰って、さあ寝ようかなと思ったら、ピンポーンってきたわけですよね。夜中の12時頃ですよ。(中略)自宅なんてどうし
て知ったんだろうと思うような..あのぅ..人なんですね」、岩上:「なるほど」。宇都宮:「だから、私はちょっと..それはちょっと
異常なんじゃないかなと思ってね。とにかく、告示直前ですよ」、岩上:「うん、うん」、宇都宮:「(中略)そういうことを言って、しか
も、私は、一回前に会ったときに、そんなことは考えられないということは話しているはずなのにね」、岩上:「うん、うん」、宇都
宮:「そこまで動かれるという人の真意がですね、ちょっと図りかねたですね」、岩上:「なるほど」、宇都宮:「ただ、私としては、
本当..嫌がらせ以外の何でもないんですね」。

私がこの動画を確認したのは、1/30の深夜で、最初にこのやりとりを聞いたときには、宇都宮健児の自宅を訪問した事物が澤
地久枝だとは全く想像できなかった。このやりとりの直前に、岩上安身が私を名指しして猛然と糾弾していたため、私がTWで
呼びかけたところの、宇都宮健児に辞退を要請する市民の行動提起の結果の事件のように聞こえた。実際に、対談はそういう
議論の流れに構成されている。全く無名の熱意ある市民が、どうしても一本化を実現させたいと願い、やむにやまれず思い立ち、
意を決して宇都宮健児の自宅を探し当てて、突然の訪問に及んだというような、そういう筋書きになっている。翌日、1/31に澤地
久枝の記者会見*(0:13:00)があり、そこで本人の口から、この訪問者が澤地久枝である事実が明らかにされた。
http://www.youtube.com/watch?v=NU17gByS9to

このIWJの動画を丹念に分析すると、この件をインタビューに計画的に挿入して、効果的な世論操作をするべく、事前に岩上安
身と宇都宮健児が調整していることが窺われる。つまり、ラフな台本がある。すぐに気づくのは、岩上安身が、この生(リアルタ
イム)の撮影と配信の前に、事前にこの件を宇都宮陣営から聞いて概要を知っていることだ。生対談中に突然に飛び出した話
ではない。その証拠に、岩上安身は、宇都宮健児が口にする前に、「夜中の12時に」という言葉を発している。宇都宮健児に、
この事件を強く非難せよと促すように、対話を誘導して告発させている。

(略)

自らの支持者の中で澤地久枝がどれほど巨大な存在か知っているから、支持者にマイナスの影響が広がらないよう、周到に
澤地久枝の名前を伏せたのだ。このこと自体がまさに事件と言える。卑劣きわまる。政治家(politician)がすることであっても、
弁護士(jurisprudence)がすることではない。なぜ、真実を言わなかったのか。1/31の「細川護熙を応援する有志の記者会見」
の席上、マイクを手に澤地久枝はこう言っている。「私は、亀有にある宇都宮さんのご自宅へ1/21の深夜に一人で行きました。
雨が降っていて、待っているうちに雪になったんですね。本当に誰にも言わないで、自分一人に訊いて、後で後悔をしないよう
にと思って、私は行ったんですね。暫く待ちましたけど、宇都宮さんは、パジャマに上だけ何か綿入れのようなものを羽織って、
素足で出てらしたんですね。で、それで会って下さったんです。私がいろいろ話をしましたけれど、細川さんの方から何の声も
かかっていないし、これはもう無理だと思って下さいと言われました。(中略)一本化は無理だけれども、でも選挙が終わった後
では、反原発の人たちが、また、それまでの行きがかりを捨てて、仲良くまた一緒にやって行こうと思うと、そう言われました。
(中略)私は、知らない町の真っ暗なところを歩きながら、自分は最後のことをやったと、それで、自分は明日から細川さんの
ためにやると..」。

(略)

私が、澤地久枝が細川護煕を支持しているという情報に接したのは、澤藤統一郎の「おやめなさい」の記事が最初だった。1/1
8の記事(連載の26)である。細川・小泉の出馬会見があり、広瀬隆と鎌田慧が動いて、「実現する会」が立ち上がろうとしてい
た時期。その情報を見たとき、エッと驚かされ、半信半疑のところがあった。また、どこからそういう情報を入手したのだろうとも
思った。かなり早い時期に、澤地久枝は一本化を決意し、細川支持の旗幟を鮮明にしていた。IWJのインタビューで、宇都宮健
児は、「私は、一回前に会ったときに」と言っていて、澤地久枝が宇都宮健児に辞退を説得するのは、この亀有の自宅訪問時
が最初ではなく、二回目だったということが分かる。一回目がいつだったのか、情報は出ていない。二回も、深夜に自宅まで押
しかけて、宇都宮健児の説得に及ぶとは、澤地久枝の並々ならぬ執念を感じ、さすがに澤地久枝だと感心させられ、私は嬉し
い気分になった。ウェーバーは言っている。「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわじわとく
り貫く作業である」と。「この世で不可能なことを目指して粘り強く挑戦するようでなければ、およそ可能なことの達成もない」のだ
と。深夜、雪が降りしきる真っ暗な街路を歩き、決意して宇都宮健児宅の玄関先に立ち、そして、不首尾の傷心の中、一人で帰
る83歳の澤地久枝が目に浮かぶ。ドラマだ。83歳の身で、渾身の説得を試み、素手で政治を動かそうとしたのだろう。何と勇敢
で英雄的な行動であることか。それを、何やら暴漢の襲来のように言い換え、迷惑行為だと貶めて悪宣伝した宇都宮健児は許
せない。

卑怯な自己正当化である。その歪曲に積極的に加担した岩上安身も許せない。澤地久枝を何だと思っているのか。一本化は
必要だった。絶対に必要だった。一本化は受け入れられなければならなかった。社共候補の単独先行出馬とその既成事実化、
そして一本化の拒否は、安倍晋三に戦争のフリーハンドを与える政治の選択に他ならないからだ。
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もう一度弊ブログのプラグイン(右端)に設けている以下の「今日の言葉」を繰り返しておきます。

      「選挙は勝たなきゃ意味がない」だそうだが「選挙で勝っても意味がない」が民主党政権誕生の教訓ではなかったのか
      (秋原葉月‏@akiharahaduki(「Afternoon Cafe」ブログ主宰)2014年2月2日)
      https://twitter.com/akiharahaduki/status/429937190856978432

      革新共闘選挙の候補にふさわしい清新で魅力溢れる候補が力強く脱原発を含む運動をつくっていたら、反原発を看板
      とする細川の出る幕はなかっただろう。(略)革新側の拙速な候補者選びが今日の事態を招いたのだ。
                                               (「澤藤統一郎の憲法日記」2014年1月21日再掲)
      http://article9.jp/wordpress/?p=1968




東本高志@大分
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