[CML 029334] 藤原新也さんの東京都知事選論 ――細川護熙、小泉純一郎、宇都宮健児評価

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2014年 2月 1日 (土) 17:04:08 JST


藤原新也さん(写真家、作家)がご自身のブログ「Shinya Talk」(2014/01/31付)で独自の東京都知事選論を述べています。その
論の各論は細川護熙論、小泉純一郎論、宇都宮健児論です。藤原さんらしい独自の視点での切り口、着眼点の鋭さは着目に
値するように思います。ただ、藤原新也さんの宇都宮健児論にはいわゆる「宇都宮健児君、立候補はおやめなさい」問題への
言及がありません。藤原さんはこの問題を知っているのか。知らないのか(おそらく「知らない」のだろうと思います)。仮にこの
問題の所在を知ったとして藤原さんは集団内部の「個人の責任」と「倫理」の問題、あるいは「同調圧力」と「民主主義」の問題
についてどのような感想を持つのか。藤原さん流の見識をうかがってみたいところです。 


以下、藤原新也さんの細川護熙、小泉純一郎、宇都宮健児論です。なお、藤原さんの舛添要一論は「福島からさらに東京へと
はびこる鈍感サバイバルへの覚え書き」という「Shinya Talk」の前回記事で読むことができます。

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■都知事選に対する私の見解(藤原新也 Shinya Talk 2014/01/31)
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php

いつだったか、私は小泉元首相が原発推進反対を打ち出したおり、彼の原発に関する考え方には違和感がある、とこのトーク
で述べている。

その折には理由については触れなかったのだが、ここでそれを明らかにするなら、私が彼の原発論に違和感を持つのはそれ
がきわめてポリティカル&エコノミカルなものであるということである。

ご承知のように、原発災害というのは市井の人々の生活(のみならず生物全域)を根底から破壊に導くという点において忌避さ
れるべきもの、という大前提が不可欠である。

その災害に直面した人々(&動植物)の悲惨についてはまさに地獄と言える様相を呈し、広島の原爆症がいまだに尾を引いて
いる例からも明らかなように、これから10年20年のスパンで放射能との因果関係すら証明できない疾病がとくに子供の世代
に多く顕在化する可能性を秘めてもいる。

そして未来にわたる疾病のみでなく、すでに福島という現場では人間生活を根底から崩壊にみちびくさまざまな出来事がすで
に起きてもいる。

そういったヒューマンな観点から原発災害を見つめる、という人間として普通の視点が小泉の原発廃止論にはすっぽりと欠け
落ちているのである。

つまり彼の原発廃止論は「コスト論」であり、代替のエネルギー政策を求めることによって新たな産業を作り出し、それを成長
戦略に結びつけるという意味においてきわめて「エコノミカル」なものなのである。

確かに原発推進から反対に回ったという意味では大きな転換ではあるが、彼の原発論とは基本的に首相の現役であったころ
推し進めた郵政民営化や製造業への派遣労働自由化などの延長線上にある政治マターであると言える。

つまりきわめて”政治家的”発想の原発論と言わざるを得なく、またそれがヒューマニティに依拠した情緒論ではなく、実務論で
あることによって一定のリアリティを得ているという側面があるわけだ。

しかしまたそれも原発反対論のひとつであることには間違いはない。

そういった原発論をひっさげた小泉が細川護煕を担ぎ出した。

私は細川という人は個人的には存じ上げていないが、佐川の1億円でも簡単に敵の権謀術数に嵌められてしまったことが示し
ているように政治家には不向きな育ちのよい腹に魂胆のない人だと感じている。

◉

さて、私は原発反対、あるいは段階的消滅を表明する候補者を値踏みする材料として、それでは3.11以降において原発問
題に関わらず震災地にどのような関わりを持ってきたかということが非常に重要なことだと思っている。

その意味において細川は植栽の専門家宮脇昭とともに「瓦礫を生かす森の長城プロジェクト」を立ち上げ、瓦礫問題に立ち向
かっており、自分の作品も販売して支援活動に使っている。

この「瓦礫を生かす森の長城プロジェクト」とは読んで字のごとし、土に還る瓦礫を選別し、仙台石巻は言うに及ばず、潮かぶ
りで使い物にならない膨大な表土を混ぜ、高さ22メートル、幅100メートル、南北300キロの森の防波堤を作り、そこに塩害
に強いシイ、シダ、カシなどを植樹する(種、苗によって)というきわめて理にかなった復興プロジェクトである。

その土盛りの中の瓦礫は4.7パーセントだが、宮脇によればその瓦礫によって土の中に隙間が出来、エアーレーション効果
が生まれ、非常に樹の育ちが良いという。

私は当初震災地でその話を聞いた時、こういった理想というものは得てして瓦礫利権によって潰される可能性があると危惧し
ていたが、確かにそういった抵抗もあるものの、そのプロジェクトは岩沼市の先年希望ヶ丘構想として持続しており、南北10
キロではあるがすでに3万本の植樹を終え、年に7~8万本の植樹がなされる。

震災地に言及するや易し、それではお前はいままで何をやってきたのかという視点で今回の候補を眺めるなら、細川はこの
プロジェクトの牽引役をやって来たという点において私は評価をしているのである。

同じ原発反対を標榜する宇都宮は確かに日弁連の代表として過去に福島の学校の年間線量基準の見直しを求める声明を
出しているが、私のように現場に日参する者にあっては、どうも震災地の現場では彼の痕跡は見えないという点において細
川の後塵を拝しているの感を否めない。

と言って私は宇都宮は得がたい人だとは思っている。

とくにブラック企業などの暗躍による若者の奴隷制度の改善を尽くすにはこの人が適任だと思っている。そういう意味で前回
の都知事選には私は宇都宮に一票を投じた。

だが私個人は今回の都知事選は原発ワンイシューという意識が非常に強い。

首都防災や雇用や福祉問題、オリンピック運営などはどのみち誰が知事になっても手をつけざるを得ない問題であり、その
ことを選挙政策として敢えて声高に標榜する必要もなかろうと考えているのである。

だがこのたびの都知事選に原発が争点になっていることはある意味で国原発政策を転換させる千載一遇のチャンス(当然
即転換とはならないが機運を作り出すという意味において)であり、このチャンスは逃すとある意味で原発異論は氷河期に入
らないとも限らない。

それからもう一点、安倍首相のNHKの経営委員や会長選出の関与による露骨な公共放送の私物化政策。
あるいは秘密保護法の諮問会議の座長に読売グループの渡辺恒雄以下自分の子飼いの委員を指名する、などが象徴する
ように、阿倍の他者の存在を顧みないルール破りは底なしである。

戦後はじめて野党という対抗勢力がほぼ消滅したという異常事態の中において、万能感を得た阿倍は歴代の首相の中にお
いてもっともアンフェアーで危険な首相になりつつあると考えている。

そういった阿倍政権の暴走に何らかの楔(くさび)を打つ意味においても桝添に勝たしてはならないと思っている。

おそらく今回の都知事選に自民党推薦の舛添が勝利をおさめるあかつきにはこの暴走はさらにエスカレートするだろう。

その意味において小泉が反原発を打ち出し、自民党内に不思議なねじれを生じさせ、かつ育ちのよい細川を担ぎ出したこと
は千載一遇とも言えるチャンスを作り出したとも言える。

先にも述べたようにその小泉の原発論はポリティカルにしてエコノミカルであり、ヒューマンプロジェクトである「瓦礫を生かす
森の長城プロジェクト」に関わる細川とは同じ反原発であっても私はまったく別のものだと思っている。

つまりこと原発に関しては両者は「同床異夢」とも言うべき関係だ。

だがそれがかりに同床異夢であったとしても小泉の”食えない夢”を”利用”しない手はないのである。

しかしまた前向きに考えるなら細川のエコヒューマニズム的脱原発論と小泉のコスト論的脱原発論が一体化して、脱原発
論としてはそれはより完成形に近いとも言えるのである。

選挙は勝つことがすべてであり、どれだけ票を取ろうと負ければ無意味に等しい。

そういった戦術的な意味において私はこの小泉、細川のタッグに勝ってもらいたいと思うわけだ。

かりに宇都宮に勝ちの目があれば私は宇都宮に投票してもよいと思っているが、どうも宇都宮が大波乱を起こすような機
運は感じられない。

しかし宇都宮に勝ちの目が出る機運があれば宇都宮に投票してもいいと思っている。

目的を達成するなら手段を選ばずだ。

今現在の予想では残念ながら舛添が大きくリードしており、ことによると細川は3番手になるかも知れないとの評もある。

だがこの同床異夢コンビは”大化け”する一厘の可能性を秘めていなくはない。

その一厘の大化けに賭けてみたいと思っているというのが1月31現在の私の心境である。
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東本高志@大分
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