[CML 035422] 天皇ヒロヒト――首都南京を陥れたることは深く満足に思う

檜原転石 hinokihara at mis.janis.or.jp
2014年 12月 11日 (木) 08:33:05 JST


檜原転石です。

日本共産党の「天皇制の問題には手をつけない」という意味の詳細は不明ですが、
天皇にまつわる歴史を正視できなければ、私たちも歴史修正主義者になるしかあ
りません。
日本低国では“天皇に関する歴史修正主義者”がほとんどですから、まっとうな知
識人など
ほとんどいません。

というわけで真の知識人になるために、南京事件においての天皇に関する歴史の
復習です。


▼共産党:志位委員長「天皇制の問題には手をつけない」

毎日新聞 2014年12月08日 18時51分

http://senkyo.mainichi.jp/news/20141209k0000m010017000c.html

 共産党の志位和夫委員長は8日、日本外国特派員協会の記者会見で、共産党が
将来の参加を目指す連立政権について「天皇制の問題には手をつけな い」と述
べ、当面見直さない考えを示した。同党は2004年の綱領改定で、天皇条項も
含めて「現行憲法の全条項を守る」との方針を打ち出してい る。

 志位氏は衆院選で共産党が躍進した場合の天皇制への対応を聞かれ、「天皇制
度を国民の合意で民主共和制に変えることを展望するが、かなり先の段 階で解
決される問題だ」と発言。「私たちが参加する政権ができても、天皇制はかなり
長期にわたり共存する」と語った。【田所柳子】

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1937年12月13日、皇軍は南京を占領。
天皇ヒロヒトは「中支那方面の陸海軍諸部隊が上海付近の作戦に引き続き勇敢果
敢なる追撃をおこない、首都南京を陥れたることは深く満足に思う。こ の旨将
兵に申伝えよ。」(『南京戦史資料集供戞砲箸痢峺羝斥奸廚鯲Τし核詢縦垢紡
り(14日)、民衆は日本各地で誤報により12日から「南京陥 落万歳」と提
灯行列で祝う。

▼笠原十九司『南京事件』岩波新書、1997年
頁164――

中支那方面軍の松井石根司令官や武藤章参謀副長らが陸軍中央の統制を無視して
強行した南京攻略戦であったが、ついには大元帥昭和天皇からじきじき に「御
言葉」が下されるまでの大軍功とされたのだった。松井石根大将は「一同感涙、
ただちに全軍に令達するとともに、奉答の辞を電奏す」とこの日 の日記に書いた。

頁167――

 大報道陣によって日本国民に報道される「未曾有の盛事、敵の首都への皇軍の
入城」の一大セレモニーの日に、式場はもちろん、城内、城外において も、敗
残兵や便衣兵によるゲリラ活動のたぐいがあっては皇軍の威信が損ねられること
になる。そのうえ、上海派遣軍司令官・朝香宮鳩彦王中将(久邇 宮朝彦親王の
第8子)は皇族で、「宮殿下」「宮様」である。天皇の軍隊の象徴である皇族の
司令官の身に、もしもの不祥事が発生することになれば、 天下の一大事で当然
関係者の引責問題につながった。南京城内の首都飯店に司令部をおいた朝香宮に
たいして、各部隊から立哨を派遣して厳重な警戒体 制をとったし、「中山門の
すぐ手前の所にて宮殿下(朝香宮)が入城するため一時通行禁止となり」(「牧
原日記」)という特別警備体制がとられるこ ともあった。
 こうして、17日に入城式を挙行するために、南京城区だけでなく近郊農村に
までおよんで過酷な「残敵大掃蕩作戦」が展開され、虐殺される軍民の 犠牲を
いっそう大きなものにした。



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